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平成最後の大晦日

 月並みな表現ですが、光陰矢の如し、今年もあと2時間を割りました。

 今年も実にいろいろなことがあり、一言では語れません。

 辛いこと苦しいことは限りありませんが、美術館等で心清らかにしてもらいました。今年は貴重な仏像を都内で多数見ることができ、旅行が困難な自分には嬉しいことでした。しかし例によって、記事のアップは撮りためたテレビ番組の視聴と共に滞る一方です。せめて明治150年関係の展覧会の記事だけでも年内にまとめたかったのですが、実現できませんでした。

 多くの課題を残して冬休みに入ってからも、水回りの工事に始まり、大事なものをなくしたり、本日テレビが壊れて買いに行ったりと、平成最後の年末を味わうには程遠い、せわしなくブルーな中での年越しとなりました。想定外の支出もかさみ、しばらくは緊縮生活です。目先の責務に追われ、休み中に予定していたことはできそうにありません。 

 気が滅入るような内容で締めくくるのはやりきれませんが、遅れに遅れた検査の結果が問題なしだったことを天に感謝し、気持ちも新たに、新たな年、新たな時代に、のぞんでいきたいと思います。

 拙い本稿を読んでいただいた皆様、どうぞ、よいお年を、そして、来年もどうぞよろしくお願いします。

 
by nene_rui-morana | 2018-12-31 22:25 | 季節の風物詩 | Comments(0)

平成最後の年の暮れ

 気が付けばクリスマスも過ぎ、今年の仕事の明日で最後となりました。来週はもう、平成最後の正月です。

 先週までに大きな仕事が一段落し、先日は休みをとって少しですが年末の用事を済ませました。


 まずは年賀状、枚数はかなり減りましたが、合計80枚を超えました。昨年、昔の上司何人かから「節目の年を迎えたので年賀状は今年までにしたいと思います。」と言われました。この方々の他、もう会えない恩師や親友Chiakiなどを住所録から削除するのは、一抹の寂しさを感じました。今年は父が懇意にしていた方も交通事故で急逝され、心に穴があいたような思いを胸に、作成作業をしていきました。

 会社をしていた我が家では、神棚の掃除と新たなお飾りも暮れの仕事です。若い頃から父を手伝ってきましたが、入院してからは自分一人の役目となり、かなり手際が良くなってきました。お飾り一式は少し前までは、この時期に近所のあちこちで出店し、毎年小学校時代の同級生の実家で買っていましたが、コンビニなどで売るようになった一昨年あたりから全くなくなりました。我が家の神棚のしめ縄は4尺、ひとつ先の駅近くの量販店まで買いに行きましたが、風が強い日で自転車で持って帰るのはかなり大変でした。

 クリスマスの日は残り当番だったのでイブの日にケーキを食べましたが、昨年まで買ってきたケーキ店が知らぬ間に閉店していて唖然、開店直後に叔父が買ってきてくれてから10年たつかたたないかです。

 再開発等で街中の変貌は目覚ましく、今年の暮れに時の移ろいを、いつにも増して実感しました。

 湿っぽい話になってしまいましたが、来年に向け、いろいろ抱負はあります。

 今年は大掃除はキャンセルしちゃいますが、明日の仕事納めはしっかりこなし、休みに入ったら神棚と仏壇の掃除です。


by nene_rui-morana | 2018-12-27 21:34 | 季節の風物詩 | Comments(0)

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 表記は、聖徳記念絵画館の展示室内に置かれたケースの中等に、以下の6章に分かれて展示されていた。


Ⅰ 異国から見た幕末維新

Ⅱ 岩倉使節団の挑戦と米国に渡った女子留学生たち

Ⅲ 渋沢栄一と日米親善に尽くした実業人たち

Ⅳ 洋画家たちの明治西欧留学

Ⅴ 『坂の上の雲』の主人公たちが見た世界

終 明治神宮の誕生

一部はレプリカ、過去に見た物もあった。絵画同様、こちらも充実した内容だったが、全てを記すことは出来ない。


 【狂斎百狂 どふけ百万編(複製)】は我が河鍋暁斎の作品(国立国会図書館所蔵)、以前お会いしたことのあるクリスチャン・ポラック氏のコレクションからは【テュイルリー宮殿における正装の日本使節団『リュニヴェール・イリュストレ』207号】【パリにおける遣欧使節団肖像(複製)】(リュシー・スタジオ制作)【パリにおける遣欧使節団肖像(複製)】【ル・ジャポン・イリュストレ(幕末日本図会)下巻】などが出展されていた(明治大学図書館所蔵)。

 


 



 以下は全ての展示を見ての感想である。 

全ての展示に大変感銘を受けたが、前日までの仕事が多忙で、館内にロッカーがなく荷物を持っての見学となったため、やや疲れを感じてきた。しっかり勉強してこなかったことも悔やまれた。

名残惜しかったが本日は、次の予定もあるので、後日もう少し勉強て再度訪れることにし、会場をあとにした。

 本稿をまとめるにあたり、当日入手したパンフレットや図書館で借りた関連資料を読み直し、あらためて、もっと念入りに見てこなかったことが悔やまれる。

 特別展には大変貴重な史料が出展されており、期間中に再訪すればよかったと感じている。

 今後また特別展が開催されることがあれば、必ず足を運びたい。特別展の出品についても、入手した資料を参考にそれぞれについて勉強し直し、所蔵元等で再会できることを切望してやまない。

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by nene_rui-morana | 2018-12-24 21:00 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

聖徳記念絵画館見学

[見学日] 平成30年10月12日(金)


[会 場] 明治神宮外苑 聖徳絵画館



『聖徳絵画館』の名や、各所でしばしば見かける【大政奉還】や【江戸開城談判】が同館所蔵であることを知ったのは、それほど昔のことではない。しかしその存在を知ってから、一度足を運んでみたいと思っていた。

今年は明治維新150年目、記念の特別展も開催されていたので、例によって諸般をやりくりして時間を作った。


自宅からの交通アクセスはいくつもあるが、今回は地下鉄・青山一丁目駅で下り、右手に赤坂御所を見ながら絵画館へと向かった。界隈の木々は色づき始める一方、ゆく春を惜しむような蝉の鳴き声も聞こえた。


本日の昼食は、会場近くにある『外苑うまや』で、市川猿翁(三代目猿之助)さんの楽屋めしを大変美味しくいただいた。

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建物は時代を代表するに相応しい重厚な外観、入口で料金を支払い、期待に胸を膨らませながら内部へと入った。


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エントランスの床や天井、壁が美しかった。

こちらでは『フィラデルフィアと日本』(フィラニッポニカ)というタイトルの協力パネル展示が開催されていた。ペリーが天皇への献上品として持参した蒸気模型車の1/4の模型なども展示されていた。1876年にアメリカ合衆国独立100年を記念してペンシルベニアで開催された万国博覧会には日本も出展、岩崎久彌や津田梅子といった日本人もフィラデルフィアと関わりが深く、同市と日本は友好関係にあるという。

なお、当日のメモには「リチャード・ノリス」の記載があるが、詳細は思い出せない。

 同じく協賛展示『出張明治村』では、糸あやつり人形などが展示されていた。今は昔の訪問が懐かしく思い出された。


奥の部屋には、絵画館の建設の軌跡や完成の写真パネル、(明治天皇の愛馬・金華山の剥製などが展示されていた。当館の竣工は大正15年(1926)年10月22日、2カ月後には時代は昭和へと移る。

地下には、講演や研修で使用する部屋があり、飲み物の自動販売機と休憩コーナーが設置されていた。



 いよいよ、壁画の鑑賞に入る。エントランスをはさんで左右の展示室に、明治天皇・昭憲皇太后の事績を描いた合計80枚の壁画が展示されている。壁画は当時の一流画家によって描かれたもの、それぞれにゆかりの深い団体や個人から奉納された。

 解説をしっかり読みながら全てをじっくり見ていると、文字通り日が暮れてしまう。絵画は常設なので後日再度足を運ぶことを決心し、今回は有名な作品等を中心に鑑賞した。

「歩いてたどる幕末維新」「年表」という当日のメモも、自分で書いていながら、そのような展示があったのか別の意味があったのか、情けないことに思い出せない。 

番号は配布されているパンフレット等のナンバー、作品名の次の()内には作者と奉納者を記してあります。


 5【大政奉還】(邨田丹陵、徳川慶光)の複製を見たことがない日本人は少ないだろう。自分が初めて知ったのは小学校時代の社会科の教科書、その後も書物やテレビ番組・展覧会などで数限りなく目にしてきた。大政奉還150年目の昨年からは、特に各所で眼にする機会が増えたように思う。

日本の封建社会が幕を下ろし近代が始まった歴史的瞬間を描いた有名すぎる作品、しかしこのシーンは実はフィクションであるという。≪二条城展≫に行った際に見た壁画はこの作品とは違ったような記憶があり、確証はないが慶喜は実際には大名を集めて告知はしていないと何かの本に書いてあった。

しかし、それはそれでいいと自分は思う。文句なしに世界的名画であるルーヴル美術館の代表作、ダヴィッドの【ナポレオンの戴冠】にも、実際には列席していない母レティシアの姿など事実とは違う人物や内容が描かれている。

 多くの日本人に親しまれている作品を節目の年にこの目で見られた喜びを大切にしたい。


11【各国公使召見】(広島晃甫、伊達宗彰)は、オランダ公使ポルスブルックと天皇との対面を描いたもの、有名なリーズデイル卿ミッドフォードもこの時、イギリス公使ハリー・パークスの随員として天皇に謁見している。


13【江戸開城談判】(結城素明、西郷吉之助と勝精)は、5と並んで昨年来特に多く各所で紹介され、良く知られている作品だろう。こちらの感想も5と同じ、完成は昭和10(1925)年とのことだった。


 ≪近代日本を支えたお雇い外国人列人≫として、何箇所かに分かれて、カッティンディーケ、キヨッソーネ、ロエスレルなどお馴染みの面々が紹介されていた。エドモンド・モレルは、横浜の外国人墓地を訪れた時にその名を聞いた記憶がある。ブリュナは富岡製糸場設立に尽力した。


 27【習志野之原演習行幸】(小山栄達、西郷従達)の舞台は現在の陸上自衛隊習志野駐屯地だろう。自分が子どもの頃、父はここの仕事を請け負ったことがあった。


31【徳川邸行幸】(木村武山、徳川圀順)は明治8(1875)年の22歳の天皇を描いたもの、舞台は桜満開の水戸徳川家・小梅邸、当主は傍らの徳川昭武(慶喜の異母弟)、天皇より一歳年下で、気安く会話が交わされたであろうことが想像される。

徳川邸に入る天皇の写真も展示されていた。この屋敷は惜しくも関東大震災で全焼し、現在は隅田公園となっている。『明治天皇歌碑』がこの作品が描かれたのと同じ昭和5(1930)年に園内に建立された。春に訪れるとすぐ近くの隅田川河畔の桜・東京スカイツリー・勝海舟像のコラボが楽しめる。


南北戦争で北軍総司令官をつとめ、アメリカ合衆国第18代大統領となったユリシーズ・グラントは、退任後の世界旅行中に日本を訪れ、浜離宮で天皇と会談した。41【グラント将軍と御対話】の奉納者はこの時の接待役代表だった渋沢栄一、彼が設立した東京商工会議所は47【岩倉邸行幸】(北蓮蔵)を奉納している。


華族女学校設立時の昭憲皇太后の訪問を描いた48【華族女学校行啓】はレプリカを見たことがある。奉納者は同校のOG団体・常磐会、現在も続いている。作者・跡見泰はその名のとおり、跡見女学校創設者・跡見花蹊の甥にあたる。



感想は次稿の特別展にまとめて記します。

 


by nene_rui-morana | 2018-12-22 16:26 | 明治維新150年関係 | Comments(0)
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by nene_rui-morana | 2018-12-15 20:50 | 記事作成中(近日中アップ予定) | Comments(0)

趣味の史跡巡り、美術展鑑賞などで得た感激・思い出を形にして残すために、本ブログを立ち上げました。心に残る過去の旅行記や美術展見学記なども、逐次アップしていきたいと思います。


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