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書聖 王羲之 (後期)

[副 題] 日中国交正常化40周年特別展

[見学日] 2013年3月1日(金)

[会 場] 東京国立博物館・平成館


 標記展覧会は前後期に分かれるが、展示替えはそれほど多くないので、多忙の折、後期も足を運ぶべきか否か迷った。しかし、前期の印象がとても良かったのでもう一度見ておきたい気持ちもあり、再度会場に赴いた。
 *見学からかなり時間が経過してしまったので細部に記憶違いがあるかもしれません。


序章 王羲之の資料
第1章王羲之の書の実像
 【乙瑛碑】(当館蔵)は書道の授業で隷書を教わった時の記憶を思い返しながら、破磔(右のはらい)に注目した。
 【祥除帖(快雪堂帖)】(台東区立書道博物館蔵)は多彩な書体が印象的だった。
 【十七帖-王穉登本-】(台東区立書道博物館蔵)には活字と和訳の解説パネルが添えられていたが、内容は簡潔明瞭、詩を読んでいるようだった。古代の中国語は自分には分からないが、王羲之には文章家としての才能もあったと思う。【十七帖-王文治本-】(当館蔵)も格調高い名品、多彩な奥書にも魅せられた。第2章の【蘭亭図巻-万暦本-】(当館蔵)でも同様の感想を持った。
 【真賞斎帖-火前本-】(華夏編、台東区立書道博物館蔵)は過去に書道のテキストで目にしたかもしれない。
 【欽定重刻淳化閣帖】(乾隆帝編、台東区立書道博物館蔵)は石に楷書の訳文が刻まれているところが、ロゼッタストーンを思わせた。三希堂は乾隆帝の書斎の名で、本日はこの名の由来となった【快雪時晴帖(快雪堂帖)】や、【三希堂帖】数点(いずれも台東区立書道博物館蔵)も出展されていた。乾隆帝は第2章の【神龍本蘭亭序-本坊刻本-】の題跋を書くなど、芸術への造詣も深かった。展覧会で乾隆帝に関する展示を見るたびに、中国史上最高の、ひいては世界市場稀有の名君であったと実感する。
 【行穣帖】(プリンストン大学付属美術館蔵)は本展覧会の目玉の一つ、王羲之の書は≪足下行穣...≫2行15文字だが、複数の奥書も見事、数多い印も多様、時代を超えたコラボに心酔させられた。格調高い名品である。
 【孔侍中帖】(国宝、前田育英会蔵)、【妹至帖】、【王羲之尺牘 大報帖】は、小品ながら心に残る展示だった。


第2章 さまざまな蘭亭序
 前期に続き、【蘭亭図巻-万暦本-】(当館蔵)と感動の再会、加筆修正の跡が見られる。全く別の文化財だが、完璧をあえて避けて一部を壊したり崩した≪トレビの泉≫や≪日光東照宮≫と共通するものを自分は感じた。1417年に刊行され、1592年に重刻された。関連資料も満載で、絵や詩を楽しく鑑賞した。
 ミニチュア版の【蘭亭図巻-万暦小本-】(五島美術館蔵)を見て、自分もレプリカが欲しくなってしまった。
【蘭亭図巻-乾隆本-】(当館蔵)は17mに及ぶ大作、巻頭に新文章が追加されている。
 【褚模蘭亭序】(当館蔵)はタイトルのとおり、かの褚水良の手によるもの、第3章には彼の書も展示されていた。褚水良はかの則天武后を批判して流罪になった。彼の書が評判になっていることを聞きつけた武后はこれに対抗するため、臣下の僧に命じて同じ文面の王羲之の書の集字を作られたというエピソードを高校の書道の先生にうかがった記憶がある。この層を含めて、名筆の集字に人生をささげた人はたくさんいたのだろう。
 台東区立書道博物館の中村不折の書もあった。
 【游丞相旧蔵蘭亭序-御府領字従山本-】(香港中文大学文物館蔵、北山堂寄贈)は多少アレンジしてあった。
 前期で大感激した池大雅の【蘭亭曲水・龍山勝会図屏風】は残念ながら展示されていなかったが、やはり大好きな与謝蕪村の【蘭亭曲水図屏風】(当館蔵)に対面できて大喜び、こちらも大変見応えがあった。天龍寺217世・翠巌承堅が序の全文を担当している。


第3章 羲之書法の受容と展開
 第3章は王羲之以降の時代の書を展示、多くの書家が王羲之に私淑した。
 【真草千字文】(国宝)は本展覧会の目玉の一つ、作者の智永は王羲之の7世子孫で、【蘭亭序】を所有していた。智永の死後は弟子の弁才の手に渡ったが、王羲之に心酔する唐の太宗は家臣・粛翼に命じてこれを騙し取り、後に自身の陵墓に副葬させた。確かに酷い話で太宗を擁護する気持ちはないが、ナポレオンも蔣介石もボルゲーゼ枢機卿も似たようなことをしている。古今東西を問わず国家や君主は、しばしば国民に不条理を強制する。戦争や私財没収はその典型例、自身も親が体調を崩していた時に会社が税務署の立ち入りが入って追徴課税され、学費を払ってもらえなくなった経験がある。
 【九成宮醴泉銘海内第一本】(欧陽筆、三井記念美術館蔵)は日本の書道の手本に広く用いられてきたという。
 【草書孝経巻】(伝賀知章筆、宮内庁三の丸尚蔵館蔵)は流麗な字体に魅了された。
 【行書王史二氏墓誌銘稿巻】(黄庭堅筆、当館蔵)は草稿、書き込みや修正が見られる≪率意の書≫、清書とは一風違った人間らしさが感じられた。
 【行書祝寿詩軸】(劉墉筆、当館蔵)手書きの吉祥文がとても可愛かった。
 今回の多くの進士の書を見て、官僚は書家でもあることを再確認した。
 ラスト近くの【篆書般若心経十二屏】(呉昌碩筆、当館蔵)まで、気合いを入れて鑑賞した。


≪感想≫
 多忙の折、前後期足を運ぶのは容易ではなかったが、大変充実した内容でやはり見てよかったと思う。
 会場内で≪蘭亭詠聯≫という一節を見かけたが、まさにそのとおり、蘭亭序は長きに渡り面々と受け継がれ、後世に多大な影響とインスピレーションを与え続けてきたことを再確認した。今回はまた、至宝の数々の鑑賞とあわせて、書に関する様々な内容を知ることができて、大変勉強になった。
 幸運にも本稿執筆時までネットにはプレスリリース用のサイトが開設されており、当日の興奮と感動を呼び覚ますと共に、展示内容の再確認もできた。あらためて見て、展示作品は実に美しく格調高いと実感した。
 いつもと同様、本展覧会で得た感動を知識を今後につなげていければと思う。
by nene_rui-morana | 2013-09-30 20:57 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

f0148563_20443814.jpg[副 題] みんなが見たい優品展パート10
          -中村不折コレクションから-

[会 場] 台東区立書道博物館


 2月10日(日)に平成館で見た王羲之の特別展には、地元の台東区立書道博物館からの出品が多数あった。会場内には標記展覧会の案内も掲示されていた。係の方にうかがうと、徒歩20分ほどかかり場所も少々分かりにくいとのこと、しかし時間もありお天気も良かったので、散歩もかねて足を運ぶことにした。
 鶯谷方面へ歩き、途中見つけた店で遅い昼食をとった。
 近くまでは思ったより早く行けたが、持ち前の方向音痴が災いして案内板を見つけたのに所在地が分からない。界隈は正直街歩きには相応しくないカラーなので、早く入館したいと思い地元の方に教えていただいた。
 路地を入った所にようやく見つけて、ほっとした。すぐ近くには再建されたものだが【子規庵】がある。


 当館の前身は、明治から昭和にかけて活躍した洋画家・書家の中村不折(1866年~1943年)が蒐集したコレクションを紹介した書道博物館、長きにわたり中村家が維持・管理してきたが、平成7年にコレクションが台東区に寄贈され、12年に新たな書道博物館としてスタートを切ったという。私はこの日に初めて中村不折の名を知った。


 建物は2つに分かれ、まずは受付のある2F建ての≪中村不折記念館≫で標記展覧会を見学した。数は多くないが館内でグッズや図録の販売もしている。
 不折自身の書の拓本、今見たばかりの王羲之の書(拓本や碑)、施設の規模は大きくはないが、内容は大変充実していて、興味深く見た。展示や解説から学べたこともあった。
王羲之といえば【蘭亭序】があまりにも有名だが、手紙を集めて作った法帖【十七帖】も草書の手本として広く学ばれているという。平成館に引き続き、この作品の別バージョンを当館で鑑賞した。【十七帖-欠十七行本-(宋拓)】はタイトルのとおり、全体のうち十七行が欠落している。
 なお、【法帖】とは複製品のことで、複数の書家の書をまとめた法帖を【集帖】、単独の書家の書を複数まとめたものを【専帖】ということも、本日知った。
 個人的には、永和12(356)年という年(【蘭亭序】の3年後)が特定できる【東方朔画賛(「停雲館帖」所蔵)】が特に心に残った。王羲之の貴重な楷書作品である。
 

 本館も2F建てで東京都指定史跡となっている。入口に「猫が入るので扉は必ず閉めて下さい」と貼り紙がしてあるのが微笑ましかった。
 1Fには、石碑・刻石、仏像、玉器などが展示されていた。書の展覧会では紙に書かれた作品や拓本が中心で石碑はなかなか見る機会がないので、かなり古い時代のものもあり興味深く鑑賞した。
 2Fでも、青銅器、板碑、硯、墨などの他、見る機会の少ない展示を目にすることができた。墓誌や瓦経は特に印象に残る展示だった。
 ここでも新たな遭遇があった。
【塼】は装飾用の建築資材として使われたレンガのこと、文字や紋様が見られ、【大塼(大型のもの)】や【空塼(中身が中空のもの)】などの種類がある。展示の横からものぞき、念入りに見た。
【墓券】は墓の権利書、展示されていたのは2世紀のものというから、卑弥呼の時代より古いことになる。


 見学した時間は少なかったが、バラエティーに富んだ展示の数々は大変見応えがあり、足を運んでよかったと思う。
 中村不折も、昨年に特別展を見た青山杉雨も、日本の著名な画家は目利きとしても超一流であったことを再確認した。
 今後は、当館で学んだことを、書道関係の展覧会で生かしていきたいと思う。
by nene_rui-morana | 2013-09-22 20:45 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

書聖 王羲之 (前期)

f0148563_2124841.jpg[副 題] 日中国交正常化40周年特別展

[見学日] 2013年2月10日(日)

[会 場] 東京国立博物館・平成館


 2008年に江戸東京博物館で王羲之筆【蘭亭序】の大規模な特別展があり、書道史を、ひいては東洋文化史上を代表する至宝に酔いしれた。この経験があったので、多忙の折、標記
特別展に出向くか否か迷ったが、やはり平成館の特別展は見ておきたかったので、例によって必死でスケジュール調整し、貴重な日曜日に足を運んだ。

序章 王羲之の資料
 展示のスタートは当館が所蔵する王羲之筆【十七帖-上野本-】、ついで国宝の【世説新書巻第六残巻】の[規箴・捷悟](京都国立博物館蔵)と[豪爽](当館蔵)、多くの人が見入っていた。

続きはこちら
by nene_rui-morana | 2013-09-19 21:17 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

●【清明上河図】について
 先述のとおり、本特別展に足を運んだ最大の目的は【清明上河図】をこの目で見ることだったが、結果的にはほとんど見ることができなかった。
 開館前に到着した時点で既に待ち時間は2時間を超えるとのことで(先頭の人は朝何時から並んでいたのだろうか)、その後閉館まで滞在したが館内の待ち行列は多少長さが変わることはあれ、待ち時間が大幅に短縮されることはついになかった。閉館時に入場していれば【清明上河図】のみは見せてもらえるとのことで、5時過ぎに1階ラウンジまで伸びた列の最後尾に並んだ。2階まで上がったがまだ2時間近く待つとのこと、明日は仕事で体力面でもこのまま飲まず食わずで待ち鑑賞する自信がない。断腸も思いで見学を断念し、列を離れた。この作品を見るには時間帯に関わらず最低2時間は待たねばならなかったのだと思う。
 【清明上河図】が展示されている第1室に張られたロープ後方より、双眼鏡を使って人垣の間からかろうじて垣間見たのが精一杯だったが、精緻な表現に圧倒され、間近で見られなかったのは本当に残念だった。
その後、【清明上河図】の展示が終了する1月24日まで連日HPで混雑状況を確認したが、変わることはなかった。展示終了後には精巧なレプリカが展示され(両陛下が御覧になったのもこちらだっだ)たが、再度足を運ぶ余裕はなかった。
当局にとっても今回の混雑は想定外だったのかもしれないが、もう少し適切な対応をしていただければより多くの人が見られたと思う。今後同様なケースが発生することは大いにありえるので、今回を教訓に善後策を検討していただきたい。私は学芸員の資格もないので博物館運営のノウハウは分からないが、整理券の配布、予約制、別室での展示など、有効な方法はあると思う。
また、せっかく立派なレプリカを作ったのだから、後日ぜひこちらも公開してほしい。


●見終えての感想
 当初は見に行く予定のなかった本特別展、しかし予想以上に充実した素晴らしい内容で、大変感動した。あるものは豪華で壮麗、あるものは繊細、多彩な展示の数々に心底魅了され、あらためて、清朝の底力を見せつけられる思いがした。第一級の芸術品に囲まれて生まれ育った清朝の王族の鑑識眼が非常に高かったことは容易に想像できる。今回来日したのはほんの一部だが、それでも一級文物に囲まれてしばし陶酔境にひたる思いがした。遠い昔に訪れた北京の故宮や台北の故宮博物館も懐かしく思い出された。
 本特別展の見学者の中には、私とは逆に【清明上河図】のみ見て他の作品の見学は断念された方も多いと思うが、それは大変もったいなかったと思う。【清明上河図】の他にも素晴らしい作品がたくさんあり、今回はそれらが一堂に会する貴重な機会だった。
 もちろん中国関係の展覧会には過去に何度も足を運んでいるが、間違いなく今回は最も充実した心に残る内容で、受けた感動と興奮も並々ではなかった。乾隆帝の生涯など展示を通じて新たに感銘を受けた内容も多かった。清朝についてより勉強する必要性を痛感し、【清明上河図】の細部も見たいので、入館時には全く考えていなかった図録の購入に踏み切った。他にポストカード等も記念に買った。
 いつかどこかで、【清明上河図】を間近に見られる日が来ることを待ち望んでいる。あわせて、北京や台北への再訪も実現させたい。
 
by nene_rui-morana | 2012-04-30 15:57 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

第Ⅱ部 清朝宮廷文化の精粋―他文化のなかの共生―
 第Ⅱ部を彩るのは清朝の華麗な文物の数々、特に中国史上屈指の名君とされる乾隆帝は展示の中で重要な位置を占めている。


第1章 清朝の礼制文化-悠久の伝統-
 展示のスタートはそのものずはり【乾隆帝像】、25歳の若き日の肖像画で作者はイタリア人ジュゼッペ・カスティリオーネと言われている。
 続いて、皇帝や皇后の礼服、宮廷女性を華やかに彩った簪や髪留・腕輪・数珠などが展示されていた。金印も見応えがあった。
 【康熙帝南巡図巻】はこの日特に心に残った逸品、、私が好きな日本の絵巻物や屏風絵と共通点があるが、よりスケールが大きく壮大かつ多彩な逸品、何時間見入っても見飽きそうになく、この後も幾度となく作品の前に戻って特に念入りに鑑賞した。もともとは全十二巻で現存するのは九巻、本日展示されているのは第十一巻と十二巻だが、それだけでも圧倒的なボリュームがあり、清朝皇帝の権威・文化に対する造詣の深さを体感した。壁には各所の現在の写真をパネル展示、破壊された建物など現存しないものは日本の小川一真が撮影した写真が往時の様子を伝えていた。
 【御製五体清文鑑】は五か国語の対訳標音辞典、満州族である清朝皇帝は他民族の伝統文化を尊重することで国家を統治してきたが、その歴史を物語る史料ともいえると感じた。


第2章 清朝の文化事業-伝統の継承と再編-
 このコーナーの主役はもちろん乾隆帝、【乾隆帝是一是二図軸】は至宝の数々に囲まれて物思いにふける乾隆帝の姿が描かれている。そして背後にはこの作品に描かれている遺愛の品々を展示、清朝皇帝は名宝の数々に囲まれて生活していたことを再認識した。
 【藍地粉彩蓮華文花盆】はサンプル画である【粉彩蓮華文花盆 図様】と併せて展示されており、興味をそそられた。
 数々の調度、書画、写本、等等、展示のすべてを語りつくすことは到底できない。
 

第3章 清朝の宗教-チベット仏教がつなぐ世界-
 仏教関係を展示したこのコーナー、【八宝法具】は≪空海展≫などで見た日本の法具が思い出されたが、より綿密な装飾が施された華麗な作品だった。
 インド・バーラ朝の仏像には宝飾も施され、華やかな印象を受けた。
 チベット仏教にも寛容な政策をとった清朝、本日は通常では接する機会の少ないこの分野の展示も見られ大変嬉しかった。【大威徳金剛立像】は多くの顔や手など複雑な造形が卓越した鋳造技術で完成され、どこかユーモラスな印象を受けた。


第4章 清朝の国際交流-周辺国との交流-
 ラストの章にも乾隆帝の肖像画が展示されていた。【乾隆帝大閲像軸】は騎馬民族に相応しく凛々しい馬上姿で描かれている。
 【銅製鍍金三辰公晷儀】【銅製鍍金嵌琺瑯晷儀】は清朝の学問水準の高さがうかがえる作品、【銅製鍍金琺瑯亭昇降塔飾置時計】はオルゴールとからくりも仕掛けられ、金や青・緑など色の造形も鮮やか、鑑賞用としても超一級の美しい逸品だった。
 【万国来朝図軸】には、日本の他に朝鮮や琉球、また清とは藩属関係になかったイギリスやフランスの使者も描かれていて、国際色豊かで多くの情報が入ってきた当時の北京の姿がうかがえる。
 【乾隆帝生春詩意北京図軸】は本展覧会を締めくくるに相応しいダイナミックな大作、縦横2メートルを超える絹本に、紫禁城・北京の町並み、彼方の山々、そして往来を行き来する人々が緻密に描かれ、非常に見応えがあった。私が好きな日本の風俗屏風絵や絵巻物をさらにスケールアップしたようで、隅々までじっくりと見入った。


 本日はまた、館内で【紫禁城 天子的宮殿】というフィルムもリレー放映されていた。
by nene_rui-morana | 2012-04-28 21:46 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

[副 題] 特別展 日中国交正常化40周年・東京国立博物館140周年

[見学日] 2012年1月15日(日)

[会 場] 東京国立博物館・平成館


 表記特別展が告知された時は正直、多忙の折、無理して見に行かなくてもいいだろう、いや見に行かれないだろうと思っていた。
 しかしテレビ特番で【清明上河図】を見てから気持ちは一転、何としても行かねばと必死にスケジュール調整した。
 1月13日に本館展示を見るために現地を訪れた際、平日日中にもかかわらず「2時間待ち」とやらのプラカードを目にし、これは大変だと思った。よって、翌々日の日曜日の開館15分前に平成館に到着したところ、既に形成されている長蛇の列に唖然、しかしここで諦めるのも悔しいので最後尾に並び、入場まで約1時間近く待った。しかし、傍の少し年上の女性とおしゃべりをしたり、日本で働いているという中国人カップルと簡単ながら久しぶりに中国語で会話したりと、それなりに楽しく過ごした。
 入館直前に係員より、【清明上河図】を見るには今から2時間以上待たされること、そのためには館内で別の列に並ぶことなどが告げられた。再び唖然としつつ、とりあえず別の展示から見ていくことにして入館した。


第Ⅰ部 故宮博物院の至宝―皇帝たちの名品―
 展示のスタートは【春山図巻】(燕粛筆)、多くの人が熱心に見入っている。緻密な表現に私も目を見張った。数多くの跋と印が、外国人でわる我々にこの作品の価値を伝える。
 続く徽宗のコーナーにも多くの人垣ができていた。名は趙佶、皇帝でありながら芸術面の造詣が深く悲劇的な後半生がテレビ番組で紹介され、私も関心をそそられた。
 【水村図巻】(趙孟頫筆)は、写意に徹し理想郷を表現した逸品、小さめながらうっとりと魅了された。<清華(乾隆御筆)>が、この作品が中国美術史を代表する名品であることを物語っている。
 【長江万里図巻】(趙芇筆)は、ぼかしを巧みに生かした深山や波の表現が、日本人の好みに合致すると思った。
 【桃竹錦鶏図軸】(王淵筆)は、墨一色で各モチーフを美しく見事に描き上げている。
 【楊竹西小像巻】(王繹・倪瓚筆)のモデルは江南の富豪とのこと、シンブルながら人格を的確に伝えている。
【懋勤殿本淳化閣帖】【大観帖 第二巻】など、展覧会には珍しい拓本の展示も見られた。【四明本西嶽華山廟碑】は碑自体は現存しないため、貴重な史料である。まわりを多くの跋と印で囲まれている。読めないながらも欠落している部分にはどのようなことが書かれていたのか、想像力をかきたてられる。
 【草書諸上座帖巻】は末尾に行楷書による自跋があり、興味をそそられると同時に作者・黄庭堅の多才ぶりもうかがえた。【草書述張旭筆法巻】の作者・康里巎巎はトルコ系遊牧民族とのこと、当時の国際色豊かな中国宮廷の様子が伝わってくる。この周囲の数々の展示は、書をたしなむ方にとっては涙ものだろう。 
 【花鳥螺鈿舟形容器】は似た作品を日本の展覧会で見たような気がする。【花卉存星盆】も年末の展覧会で見た鎌倉彫を思わせた。続いて展示されていた琺瑯作品の煌びやかな装飾にも心奪われた。
 【明黄色彩雲金龍文緙絲朝袍】は皇帝の最も高位の礼服、過去に足を運んだ中国の展覧会でも似た作品を目にした記憶がある。

 第2会場の一室まで使った第Ⅰ部の展示の多くは日本の国宝にあたる一級文物、至宝の数々は、中国文化の水準の高さ・皇帝の権威の強さを物語っている。
 書画・各種調度・衣装・等等、多彩な内容にも驚嘆させられた。
by nene_rui-morana | 2012-04-14 20:17 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

天翔ける龍

[副題] 東京国立博物館140周年特別陳列

 東京国立博物館では、正月2日から≪博物館に初もうで≫と題して特別展示やイベントが催されたが、今年の正月は江戸東京博物館に行ったため足を運んだのはすこし遅れた。
 実は1月13日の金曜日に学習院大学での小林忠先生の最終講義を聴講する前に上野に立ち寄って見学したのだが、後ほど博物館ニュース等で大事な作品を何点か見逃していたことが判明し、翌日にもう一度見に行った。

 本館特別1と・2室は表題のとおり、今年の干支・辰をテーマとした作品の展示だった。先だっての江戸博での類似内容の企画展とあわせて鑑賞でき、いろいろ感じるものがあった。
 龍はベトナムやガンダーラの彫刻などでしばしば見かけた<ナーガ>が中国で変貌して日本に伝わったとも言われる。印籠、根付、刀剣、小柄、鍔、兜、彫像、絵画、置物、鏡、壺、鉢、箱、等等、年明けに相応しい多くの展示を堪能した。

 絵画では、岩佐又兵衛作【龍図】や、鈴木春信作【見立半托迦】、また鳥居清信や歌川国芳の作品などが展示されていて、とても嬉しかった。重文・国宝に指定されている【十六羅漢図】の作者は南宋の画家・金大受の作、日本では平安後期の作品だという。

 装飾的な【陣羽織】はもちろん実用ではなく舞台衣装、町火消の【火事襦袢】は別の展覧会でも目にした。

 江田船山古墳から出土した【龍文帯金具】(国宝)は、千数百年前の精巧なミニチュア細工に目を見張った。

 【楷書四大字軸 龍飛鳳舞】はかの康熙帝の書、<丙寅仲秋之月>の併記のとおり、この書は実は寅年にあたる康熙25年・西暦1686年に書かれた。歴史に名を残す外国人自筆の書が日本で見られるというのも、嬉しい経験である。
 本日は他にも中国の作品が複数展示されていた。
 虹色に輝く見事な【龍濤螺鈿稜花盆】に描かれているのはいわゆる<五爪(ごそう)の龍>、爪が五本ある龍は中国皇帝の象徴であり、他にも宮廷内の調度や皇帝が身に着ける衣装などのモチーフにもなっている。宮廷の調度等が払い下げる場合は爪が1本削られたという。永楽帝長陵の丸瓦にも五爪の龍が見られたが、これは釉薬を用いた豪華なもので室内調度としても通用しそうだった。
 【青花魚跳龍門香炉】は景徳鎮で作られたもの、青の表現が実に美しい。

 【黒漆雲竜蒔絵螺鈿脇指】は本日最も心奪われた逸品、七色に輝く華麗な装飾美にしばし見とれた。
 【蟠龍鳳凰蒔絵螺鈿印籠】の細やかな細工にも驚嘆させられた。

 【和漢三才図会】なども展示されていた。
 【大小暦類聚】は近年ともに惹かれている絵暦の一種で、解説を読みながら必死かつ楽しく絵中の謎解きをした。展示されていたのは、天明4(1784)年と寛政8(1796)年のいずれも辰年の頁だった。しばらく眺めてようやく、彫刻の削りカスと積まれた書の厚みで大小の月が表現されていることが分かった。なお当日のメモに【扁大】の記載がある。大の月の屏風に扁のある文字を記載していたように思うが、時間が経過してしまって明確な記憶がない。

 古来から日本人に畏れられ、また愛されてきた龍、辰年の今年に国内を代表する所縁の品々を見ることができて、大変嬉しかったと実感している。


 *本稿のカテゴリを「日本」にするか「外国」にするか迷いましたが、干支には東洋共通の要素があり、外国産の展示も多かったので、「外国」にしました。
by nene_rui-morana | 2012-03-25 14:29 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

孫文と梅屋庄吉 後期

[副 題] 100年前の日本と中国

[見学日] 2011年8月20日

[会 場] 東京国立博物館 本館特別第5室


 8月6日に本展覧会を見た時、前期後期で展示が変わることを知り、ぜひ後期も来ようと決意した。
 当日はまず江東区の中川船番所資料館の企画展を見学した後、大雨の中、タクシーで上野へと向かった。


1章:清朝の黄昏
 前期同様、最初のこのコーナーから展示に魅了された。
 【太和門】【太和門前ノ金水橋】【保和殿中央ノ陛】さらには雑草が生い茂る【乾清宮】の写真などは、タイトルのとおり黄昏時を迎えた清朝末期という時代を如実に伝えていて、感慨深い。一方で【太和門前ノ戸棚】【太和門前ノ鏡】の見事な造形には驚嘆させられた。
 【朝陽門以北ノ城壁】には、堀?に船が浮かび、馬に引かれた荷車も写され、こちらからも時代を感じた。
 他では【上海蘇州竜化塔】が心に残った。


2章:孫文と梅屋庄吉
 このコーナーの展示品の多くは前後期共に出展、前回心に残った写真を再び見ることができて、大変嬉しかった。
 前回は記さなかったが、孫文の胸像や羽織なども展示されていた。


3章:幕末明治の日本
 こちらのコーナーの展示も前期に比べて遜色なく、自分にとっては非常に意義のあるものだった。20世紀の震災や戦災に襲われる前の、開国後来日した多くの外国人を魅了した日本の風景には、やはり感じるものがある。まるで映画の一シーンを見ているようだった。
 当会場にも程近い【上野不忍池】が伝える19世紀の景観を、頭の中に残る今日とのそれとを比較しつつ、念入りに見た。
 他の写真もすべて大変素晴らしかったが、とりわけ残ったのは長崎を撮影したもの、原爆で壊滅的な被害を受ける前の、鎖国下から外国との窓口になっていたこの町の写真には、歴史を愛する者をとらえて話さない魅力がある。【諏訪町通り】には彩色が施されていた。
 同様に横浜の様子を伝える写真にも魅せられた。【弁天通り】は彩色写真、【横浜海岸通り(2)】は船頭が漕ぐ船を中央においたアングルがとても良いと思った。


4章:近代中国の姿
 展示内容が変わったこのコーナーが伝える第二次世界大戦前の中国各都市の姿からも、強烈な印象を受けた。
 世界で最も愛する町・香港の写真では、雑多な町屋・高層建築・ぶら下がる洗濯物などに、今日相通じるものを感じた。
 北京のそれは、まるで映画やドラマの一シーンを見ているようだった。
 前期同様、特に心に残ったのは上海を撮影した【上海港】【上海河南路】など上海を撮影した写真、港町の光景は島国・日本を母国とする我々のアイデンティティーに訴えかけるものがあるような気がした。
 そう遠くない昔に夢中になってレンタルビデオ店の棚を制覇していった中国・香港映画、多くの作品で描かれていた戦前のセピア色の都市の雰囲気、今回の展示作品からの同じものが感じられて、いささか感無量だった。


5章:万国写真帖
 最後のコーナーの展示品も変わり、前期と同様、頭の中に各都市の現在の姿を思い浮かべながら、比較して見入った。
 【壬申検査関係写真】は18世紀の各地の名勝の姿を伝える貴重なもの、いくつかは過去の展覧会で目にしたことがある。華やかな美術品に比べれば地味な作品かもしれないが、これらも当館が世界に誇る貴重な資料・至宝だと自分は感じている。


 前後期を見た本展覧会は自分にとっては実に意義のある内容で、展示作品は魅力的なものばかり、また新たな学んだことも多く、いろいろ触発された。同時に日本人、ひいてはアジア人として、当然に知っておくべきことを知らなかった自身の不勉強も痛感させられ、しっかり学び直さねばと反省させられた。
 前期の繰り返しになってしまうが、本展覧会は中国にとっても意味のある内容だと思うので、個人的にはぜひ彼の国でも開催されることを切望する。良好とは言い難い昨今の日中関係を思うにつけ、戦前までの両国の関係を再確認することは、それなりに意義があるだろうと感じている。
 見学を終えた後、ミュージアムショップで記念の絵葉書等を購入した。図録にも魅力を感じたが、自宅書架も限界なので涙を呑んで諦めた。
 また本日は、以前に平成館の特別展も見ていたので、その記念の絵葉書も一枚いただけた。

PS.本稿のカテゴリを日本にするか外国するか、非常に迷い、妥協案として、前期は日本・後記は外国にアップすることにしました。
by nene_rui-morana | 2011-10-09 11:55 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

《第2部 文化財保護活動の結実-「大唐西域壁画」》
 廊下に出て第2会場へと入る。本特別展の最大の目玉、第2会場全体に展示された平山芸術の集大成、門外不出の【大唐西域壁画】と感動の再会を果たした。昨年秋の奈良訪問の時に一度対面しているが、その時の会場内は大混雑していて落ち着かず、後の予定もあってあまり時間がとれなかったこともあり、心ゆくまで鑑賞できたとは言いがたい。その点でも今回、この会場で再びこの作品を見られた感動は大きく、正直薬師寺で見た時よりも深く心に刻まれた。
 今回も月並みの言葉でしか表現できないが、会場を訪れた人ならば改めてここに記さなくても、この作品の素晴らしさは充分お分かりだろう。壮大なスケール、精緻な表現、平山氏の卓越さた画才と仏教に対する一途な思いが結実した、平成という時代を代表する名品である。会場いっぱいに広がる雄大な世界、長安からナーランダまで、玄奘三蔵の足跡を時空旅行しているような気分になった。全て素晴らしいが、個人的に最も心に残ったのはヒマラヤ山脈をイメージしたという【西方浄土 須弥山】、深いブルーとまばゆい白を基調に描かれた格調高い作品、じっと見つめていると胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。
 平山氏はこの作品のために100回以上も取材旅行に出かけ、描かれたスケッチ類は4000点を超えるという。会場内には大下絵も展示されていた。
 間違いなくこの作品は将来、重文に、そして国宝に指定されるだろう。この作品と同じ時代に生きていることを、天に感謝したい。

 正直、入館する前はいつもより見学時間は短くなるだろうと思っていた。しかし展示を見ていくうちに夢中になって時をたつのを忘れ、結局閉館間際まで居座ってしまった。
 過去の展覧会で見た作品との再会、初めて見る作品、ともに素晴らしく、会場内を何度も往復して繰り返し見ていった。
 本特別展で多くの至宝に接すると同時に平山郁夫という人物の人間性にも触れ、大いなる感銘を受けた。間違いなく平山氏は、芸術家としても一人の人間としても現代日本が世界に誇る稀有の存在であり、氏のような偉大な人材と国を同じくすることを心底誇りに思った。

 本特別展の副題は[文化財保護法制定60周年記念]、戦後間もなく、長年の風雪に耐え太平洋戦争という未曾有の危機をも乗り越えた日本を代表する文化財が相次いで焼失した。昭和24年に法隆寺金堂壁画が失火により、翌25年には金閣寺が放火により失われ、このようないきさつから文化財保護法が制定された。近年も旧吉田茂邸全焼など残念なニュースが報じられた。我々人類は力をあわせて先人が築き上げてきた文化を後世に継承する義務がある。特に政治的な理由により人類共通の至宝が破壊されることはあってはならないと感じる。

 先日、NHKで本特別展を特集した番組が放映された。この日のアクセスが記事更新前にもかかわらず通常より多かった理由はここにあるのだろう。一部に会場内で見た映像と同じシーンもあり、あらためて平山氏の業績と人柄を再確認した。美知子夫人が語られた「取材旅行には何度も同行したが、ヒマラヤ取材では4000メートル近い高山に2泊し、ダマされた!と思った。こうと分かっていたら来なかったのに。」という微笑ましいエピソードや、「破壊という事実を負の遺産として後世の残すため、バーミヤン大仏の再建には反対する。」と主張された時の映像などは、特に心に残った。
 展示作品についても詳細な解説があったが、アフガニスタンの至宝【仏伝図 「カーシャパ兄弟の仏礼拝」】が現在日本にある経緯などに触れ、この分野でも感じるものもは多かった。平山氏の尽力がなければ、果たして日本で数々のシルクロード文物と対面することができたかどうか分からず、その点では感謝してやまない。同時に、多くの文物が平山氏が立ち上げれた[流出文化財保護日本委員会]により[保管]されていることを知り、やはり心の中には複雑な思いが交錯する。
 自国の文化財がそこそこ外国にあることは、現地の人々から歴史や文化が理解されることにもつながると思うので、ある程度は望ましいと思う。しかしそのような形態は、自国の秩序が安定し何時でも一時帰国できる政治情勢が確立されて、初めて効力を発揮する。今回、自身もそれを痛感したからこそ、平山氏の業績と活動は、より深く心に響いた。
 本特別展を通じて、アフガニスタンという国の独特の歴史と文化に深い感銘を受けた。平山氏が望まれたとおり、現在日本に保管されている文物の数々が現地に帰還し、現地で再会できる日がくることを私も熱望してやまない。
 当然ながら、次回奈良を訪れた時も必ず薬師寺へ行き、【大唐西域壁画】と対面したいと思う。あわせて、山梨にある[平山郁夫シルクロード美術館]もいつか必ず訪れたい。

 帰りがけにミュージアムショップに立ち寄り、記念の絵葉書やクリアーファイルを購入して、帰路についた。
by nene_rui-morana | 2011-02-09 22:53 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)

●第3章 [中国]西域
 展示は日本人にも比較的馴染みの深い中国へと変わる。平山氏の【楼蘭の遺跡 昼】に続き、新疆ウィグル自治区の文物が陳列されていた。
 【仏頭】は白い化粧土をかけて朱と黒で彩色がされていた。
 【壁画 持香炉菩薩跪像】は華麗に着飾った菩薩が香炉を持って跪くという画題がユニークで微笑ましく、断然気に入ってしまった。鮮やかな色彩も印象的だった。
 【舎利容器】は本特別展の見ものの一つ、舞人や楽人などが流麗に描かれた華やかな逸品、天使も見られて東西文化の交流がうかがえる至宝である。傍らには側面展開図の写真も展示されていて、部屋に飾りたくなった。

●第4章 [中国]敦煌
 未だ訪れたことはないが、敦煌はぜひ現地で歴史遺産に直に触れたい憧れの地、それだけに数は多くないがこのコーナーの展示は特に嬉しいものだった。
 コーナーの始めは平山氏の【敦煌鳴沙】だった。
 【菩薩立像幡】は色彩もよく残り、ぼかしの表現が立体感・生動感を引き立てている。
 【大方広仏華厳経 巻第八】は重文だけあり、多くの展示の中でもひときわ輝かしいオーラを放つ珠玉の逸品、精良な紙質に端正な字体が並んでいて、書いた人の真面目で几帳面な性格が伝わってくる。随所に大学時代にレポートのために読んだ研究書で知った[則天文字](則天武后が制定した漢字)が見られるが、これは武后の没後に廃止されたため詳細が分からず、その点でも貴重な史料といえるだろう。
 
●第5章 [中国]西安・洛陽・大同
 スタートは平山氏の【雲崗石仏】、一度だけだが西安には行ったことがあるので、このコーナーには親しみを感じた。
 西安市宝慶寺の【弥勒三尊仏龕】【阿弥陀三尊仏龕】【三尊仏龕】(いずれも重文)は、規模こそ違うが、慶州の石窟庵を思い出した。

●第6章 [カンボジア]アンコールワット
 スタートは平山氏の【アンコールワットの月】、氏にとってアンコールワットは特に思い入れのある場所だったことがうかがえる。
 何度も関連番組で映像を見て、自分にとってもアンコールワットは敦煌同様に憧れの地となっている。特に蓮が咲く時期の映像が素晴らしかったので、ぜひ行きたいと思っているが、最近頸や腰の調子が悪くて長期のフライトに耐えられず、高所恐怖症なので上部に上がるのも難しそう。それだけに展覧会でカンポジアの文物に触れられるのは貴重な機会、昨年の[アンコールワット展]に続いて今回も大いなる喜びだった。
 砂岩の彫像には日本の木像や塑像・金剛仏とは違った個性がある。ベトナム旅行中に現地の博物館で接し魅了された仏像との共通点も見出せ、心の残るコーナーだった。
 昨年知った[ナーガ]など日本では見られないモチーフに今回も触れられて新たな興味をそそられた。【楣(まぐさ)】は最近その名を知ったが、日本の鴨居の兄弟みたいなもの、今回の展示品は怪獣がモチーフ、精緻で綿密な彫刻がされていて圧倒された。
 
by nene_rui-morana | 2011-02-07 23:03 | 旧展覧会・美術展(東洋編) | Comments(0)