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カテゴリ:平城遷都1300年巡り( 31 )

旅を終えての感想

 悲願の遷都1300年目の奈良訪問を実現できた喜びは、言葉では表現できない。自身にとって奈良を訪れるのは数回目だが、その度に懐かしい再会とあわせて新たな発見や感動がある。
 今回も、愛してやまない寺社や仏像・【螺鈿紫檀五弦琵琶】などと感動の再会を果たす一方、他の正倉院宝物、【信貴山縁起絵巻】、薬師寺初層、元興寺禅堂屋根裏、等等、通常は目にすることのできない文化財を自身で体験でき、本当に嬉しかった。
 現地で得た感動は出発前の予想を超越し、今思い出しても興奮で胸が高鳴る。夏の韓国旅行で味わった感動の余韻冷めやらぬうちに、その終着点ともいうべき奈良で再び至宝の数々に触れることができ、旅行という面では3月の京都・姫路も含めて今年は大変素晴らしい年となった。昨年6月に頚椎椎間板ヘルニアを発症し持病の腰痛も悪化の一途をたどっている自分には、さほど遠くでなくても旅を完遂できたことは前進であり、未来への希望が見出せる一歩でもあった。
 今後は現地で得たものを自分の中で高め、将来に生かすべく、自己研鑽につとめたいと思う。
 これから年末を迎えて身辺が慌しくなり、スケジュール調整も容易ではないが、滞って久しい写真のアップに少しずつ取り組んでいきたい。今回の旅行に関する記事については、非力ながらも心をこめて執筆したつもりで、その甲斐あってか自分としては通常より多いアクセスをいただき、この点も嬉しく思っている。夏場に設定したアクセス10000件達成も、射程圏内に入った感がある。
 自分の心の原点・奈良、記念すべき今年に訪問することが出来た大いなる喜びと、それを叶えて下さった神様、そして同僚と家族に、あらためて心より感謝したい。
by nene_rui-morana | 2010-12-07 20:59 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)
《第4章 伝法衣にみる東アジア交流Ⅰ》
 鎌倉時代に入ると多くの僧侶が中国に渡り、彼の国から新たな思想・哲学が多数もたらされるが、その代表的なものの一つが[禅]の教えだった。[伝法衣]とは禅宗の師から嗣法の弟子へ法を伝えた証として授けられる特別な袈裟のこと、このコーナーの展示は宗教史のみならず東アジアの染色史をひもとく上でも極めて重要な作品であり、本特別展の中でもとりわけ心に残った。中国(宋と元)からもたらされたものも数多く見られた。
 【九条袈裟 無門慧開料・無本覚心相伝】(重文・南宋時代)や【大絡子 無学祖元料】(重文)は、比較的保存状態が良く、往年の様子をうかがい知ることができた。
 【九条袈裟 白雲慧暁料】は中国留学中に現地で得たものともいわれる。信仰の中にも、今日の海外ブランドに対する意識と共通するものを感じなくもない。この白雲慧暁に関しては、他にも【直綴】や肖像が展示されていて、最澄や空海ほど有名ではないが本特別展の中ではかつて実在した事実が極めて強く感じられる人物でもあった。【白雲慧暁像(紙形)】【白雲慧暁像】は師の没後に弟子が描いたといわれるが、非常に写実的でモデルの個性を的確に伝えている。記憶だけでなく、生前に描かれたスケッチなども多少は参考にしたのだろう。またまた表現が悪いが、今日のモンタージュ写真を連想した。
 【九条袈裟 清拙正澄料】は、印金の羅の類似品が中国で発見されているそうで、外国製ではないかともいわれる。言われてみると、それらしきものを感じる。


《第5章 道教・神道と袈裟》
 最近、様々な展覧会や寺社に足を運ぶたび、かつての日本のおおらかな信仰のあり方を実感する。熱心な法華宗信奉者だった等伯が大徳寺の仕事を手がけていることしかり、奈良の法隆寺でも空海を信仰する寺宝を見た。このコーナーには、神仏習合も含めて、現代の我々にはいささか理解に苦しむ史実を物語る作品が展示されていた。
 【刺繍九条袈裟貼屏風 重源請来】は、釈迦如来を道教の所像が囲んでいた。個人的にはこの作品が気に入り、何度も繰り返し見た。作品名からも分かるとおり、中国からもたらされたものである。
 【九条袈裟 無本覚心料・度会家相伝】と【袈裟伝授状 度会貞昌筆】は、隣の【天照大神相伝袈裟記 鼓山大随筆】と共に東福寺の所蔵、これだけ記せばそれ以上を説明する必要はないだろう。


《第6章 伝法衣にみる東アジア交流Ⅱ》
 このコーナーには日本史の教科書でも御馴染みの人物が登場し、興奮に心が躍った。
 圧巻は何といっても、絶海中津相伝を含めた合計3領(袈裟の単位はこう数えるそうである)の【九条袈裟 夢窓疎石料】、歴史上の重要人物でもある夢窓疎石が実際に身につけた袈裟をこの目で見られた感激は計り知れない。今回は更に、この袈裟をまとった姿を描いた【夢窓疎石像 東陵永嶼賛】も展示され、夢窓疎石という人物がよりリアルかつ身近に感じられた。以前訪れた映画関係の展覧会で、スチール写真と並んで主役が劇中で身につけたコスチュームを見たときのことが思い出された。


《第7章 袈裟と名物裂》
 仏教世界の袈裟は、茶道の掛軸の表装裂や茶入の仕覆に用いられる高価な裂地[名物裂]も影響を及ぼした。このコーナーには袈裟の他に茶入や仕覆が展示されていた。
 茶道のたしなみはないが、細川家の展覧会その他で茶道関係の展示には大いなる感銘を受けており、今回もじっくりと見た。


《第8章 伝法衣にみる東アジア交流Ⅲ》 
 足利義満により始められた日明貿易により、中国から、現在の我々は花嫁衣裳として認知している[金襴]がもたらされ、以後今日まで袈裟の生地の主流をしめている。このコーナーではそのような豪華な袈裟を展示、作品の中には夢窓疎石や絶海中津の名も見られた。


 本特別展に足を運ぶにあたり、仏教の素人である自分は果たしてどの程度まで作品の理解や鑑賞ができるのか、正直疑問だった。仏教や仏像には興味をそそられるが、袈裟となると正直?だったし、このテーマの企画から感じるものがあるのどうかも分からなかった。
 しかし、そのような心配は全く杞憂で、どの展示も素晴らしく、本特別展を通じてまた新たな世界を知ったように思う。
 現代ではもはや「衣鉢を授ける」という言葉は死語となっている。これを「イハツ」と読める現代人は何割いるだろうか。かくなる自分も恥ずかしながら、大学卒業後に母校の有名な先生に教えていただくまでは読み方も意味も知らなかった。しかし今回の展示を見て、少なくても歴史や美術史の分野では、語源も含めてこの言葉の復活を願いたいと思った。
 長い歴史と多くの寺院を有する京都ならではの、心に残る展覧会だった。今後は会場で接した事実をさらに深め、今後の芸術鑑賞に反映させたいと思う。
 本展覧会の会場は京都だが、今回の旅のしめくくりでもあり、そちらのカテゴリーにアップすることにした。
 当館は平日は6時まで開いていて、来館者にとってはありがたい。館を出た時は彼方の山を夕陽が照らし、旅のフィナーレを飾るに相応しい景観を堪能することができた。
by nene_rui-morana | 2010-12-06 21:54 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)
[見学日] 2010年11月2日(火)

[会 場] 京都国立博物館

 今回の旅行の出発前にネットで知った表記特別展覧会、都心近郊以外の博物館に行く機会は少ないので、現地で時間が作れたら足を運ぼうと思った。
 奈良では興味をそそられる近場の寺社や史跡は大方巡り、残りは遠方で交通アクセスもよくないので、【頭塔】で観光を切り上げ、午後3時過ぎにJR線で京都へと向かった。
 駅前から会場まではバスで移動したが、大変な渋滞でなかなか進まなかった。ようやく到着し、[国立博物館友の会]のチケットで入館、記念のミニチラシをいただいた。館外のロッカーに大きな荷物を預け、見学を開始する。非常に混雑した日もあったらしいが、この日はすいていて、貴重な史料の数々を落ち着いて心ゆくまで堪能できた。いろいろな角度からじっくり見入り、時には少し展示ケースから離れて双眼鏡で細部まで見た。館内で若いお坊さんの集団を見かけたが、皆さん熱心に展示に見入っていて、こちらも京都らしさを感じた。平服の男性の中にも坊主頭の人が何人もいたので、この人たちもあるいは僧侶だったのかもしれない。


《第1章 袈裟のはじまり 律衣と糞掃衣》
 袈裟のはじまりは仏教修行者と他宗派の修行者を見分けるために作られた制服、[律]とは仏教修行者が守るべき規則のこと、[糞掃]はあまり綺麗な言葉ではないが人が捨てたものを拾い集め洗い縫い繋いだ生地のことだという。仏教発祥地の熱帯では袈裟だけで充分だったが、寒冷地に伝播すると上着となった。袈裟は縦に区切られている数に応じて[五条袈裟][七条袈裟]などと呼ばれることを、今回知った。
 最初のこのコーナーから国宝、重文級の展示が目白押し、
 【十誦律】【四分律】(共に国宝)に続き、袈裟や高僧の肖像がずらりと並ぶ。京都という町の醍醐味を全身で味わった。
 【台州公験請状案】(国宝)は円珍が加筆していて、歴史上の人物の真筆からはやはり感じるものがある。
 【湛然像】(国宝)は最澄の師の肖像、生没年は711年~782年というから、767年生まれの最澄がごく若い頃師事した師匠ということになる。


《第2章 天皇家と袈裟》
 周知のように、歴代の天皇とその近親者の多くが出家しているので、天皇家ゆかりの袈裟や法体姿の天皇一族の肖像画は数多い。このコーナーでは【後白河法皇像】の他、このジャンルの展示がされていた。
 【横被 性信法親王料】はデザインも色彩も華やかかつ斬新、少々失礼な感想だが現代でも高級な絨毯として使用できそうだと思った。この展示のように、所有者をあらわすのには[~料]という表現が用いられていた。
 【三衣寄進状 弘真筆】は、字体もあまりくずさず書式も明確で、初心者でも読めそうな古文書だった(私は読めないが)。また作品名から、高僧の衣が仏教の中でどれほど重要だったかがうかがえる。


《第3章 鎌倉新仏教と袈裟》
 時は移り、この時代に台頭した新仏教の教えは国家鎮護から民衆の救済へとコンセプトが変わり、様々な変革がもたらされた。
 展示内容もさらにパワーアップし、「~料」「~賛」「~伝」といった作品名からも、それぞれが各寺でいかに大切に守り伝えられてきたかがうかがえる。
 このコーナーで心に残ったのは、何といっても【法然上人絵伝】【一遍聖絵】(共に国宝)、絵巻物は大好きなジャンルなので、貴重な作品に当館でめぐり合えた喜びは計り知れない。
by nene_rui-morana | 2010-12-05 11:32 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)

頭塔

 【不空院】から徒歩10分ほどのところにある【頭塔】、場所はバス通りを渡った先の住宅街の一角、私が学生時代に奈良を訪れた時はまだこの史跡は復元整備されておらず、ガイドマップ等にも紹介されていなかった。昭和の終わりから10年以上かけて発掘調査され、類例のない仏塔であったことが判明し、現在は見学デッキや解説板・石仏保護のための鞘堂などが設置されている。

 通常は見学には予約が要るらしいが、本日は入口の鍵が開けられ、見学料(資料代)を払って入場できた。
 名の由来は玄肪の首塚であるという俗説によるが、実際は東大寺の僧・実忠が767年に築いた土塔らしい。ガイドの方がかなり丁寧な説明をされていたが、タイミングが悪く充分に聞くことはできなかった。それでも「私が子供の頃は上級生のお兄さんたちとここに登って遊んでいました。」など地元ならではのエピソードも語られ、楽しく興味をそそられた。
 高台にあり見学時にはかなり強い風が吹き付けていた。【頭塔】が築かれた当時の天皇は称徳女帝、東大寺大仏殿や聖武・光明陵が望めるこの地に塔に込められた格別な思いがあったのだろうとガイドさんは話していた。【頭塔】にはまた、女帝が傾倒していたとも伝わるゾロアスター教の影響もみられるという。

 塔を囲んで組まれた見学デッキを何度も廻り、いろいろな角度から眺めた。石仏は現在は重文に指定され、一部はかなり良く残されている。レリーフは好きなので、自分にとっては心惹かれる文化財だった。石組は圧巻、古代の土木技術の水準には脱帽、後世の天守閣の原点を見る思いがした。民家がギリギリに建っていて崖崩れの危険もあるので北側の一部は未整備のままになっているが、こちらも発掘前の姿と対比でき、なかなか面白かった。少し移動したら、頂上の五輪塔も見えた。

 【頭塔】の周辺には民家やホテル、駐車場などがあり、こんな町中に史跡があるとは想像もつかず、非常に心に残る見学となった。通常の奈良旅行では見られなかったかもしれないので、その点でも嬉しく有意義な観光スポットだった。
 町全体が史跡である奈良、【キトラ古墳】や【長屋王邸跡】など歴史に残る大発見もそれほど昔のことではない。今でも町中には、【頭塔】のような貴重な歴史遺産が眠っていて、いつかひょっこり我々の前にその姿を現してくれるかもしれない。そんな期待も抱かせてくれる奈良の[ニューフェイス]だった。
by nene_rui-morana | 2010-12-04 11:02 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)

不空院

 [福井の大師]とも呼ばれる当寺は、奈良時代に鑑真が住んだ場所とも言われる。本尊はその名のとおり【不空羂索観音】(重文)、本日はこの像が特別公開され、通常必要な予約なしで拝観できる。【不空羂索観音】といえばまず思い出すのが[東大寺三月堂]の立像だが、当寺のご本尊は坐像、頭は宝玉をちりばめた冠はつけず高い髷を結っている(?)。素朴ながら親しみの持てる仏様だった。
 本日はあわせて、秘仏【弁才天女】も特別公開、頭上に鳥居型の宝冠をかむり、その中にとぐろを巻いた蛇身に白髪の翁の顔が見られる。この様式の像を見るのは初めてで興味深深、近くでは見られないので、係員の方の説明を受けながら双眼鏡でしばし眺めた。
 境内には、【御霊塚】(井上皇后の荒魂を祀る)や、【稲荷神祠】がある。「えんきりさん」と「えんむすびさん」が並んでいるのも面白かった。
 この界隈は道が狭く、徒歩の観光客も多いので、タクシーの運転手さんは少々苦労していた。当寺も一見の価値がある観光スポットだが、大きくはないので、自分が本堂にいる時に入った電話に寺の方は「15人様の団体ですか!?この近くの駐車場は...」と狼狽されていた。
by nene_rui-morana | 2010-12-03 22:20 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)
[副 題] 平城遷都1300年祭特別展

[見学日] 2010年11月2日(火)

[会 場] 奈良県立美術館

 興福寺を出て、バス通りを渡り、向かったのが表記会場、奈良に到着してから情報を得て、花鳥画は好きなのでぜひ見ていこうと思った。
 チケットを購入し、ロッカーに荷物を預ける。館内には机と椅子が設置された学習室(休憩室)もあった。
 会場は1、2階に分かれ、2部構成となっていた。

 《第一部 唐・統一新羅の花鳥画・花鳥文様と日本での受容・展開》では、7世紀から12世紀くらいまでの作品を展示、当時の中国は唐、朝鮮半島は統一新羅の時代だった。花鳥の装飾を施した碗、鏡、容器などを展示、過去に訪問した西安あたりの出土品を見てどこか懐かしく感じた。9月に訪れたばかりの慶州・雁鴨池の出土品もあり、文化の伝播を自身肌で感じることができて嬉しく思った。
 個人的に気に入った作品は【螺鈿花鳥文八花鏡】、作品名には自分の好きな要素が凝縮している。

 《第二部 宋・元・明・高麗・朝鮮王朝の花鳥画と日本での受容・展開》では、13世紀~19世紀くらいの作品を展示、一部伝承だが作者名も紹介されていた(外国人は知っている人はいなかったが)。展示もグレードアップし、《水墨花鳥画》《歳寒三友、四君子》《院体花鳥画(小画面)》《草虫画》《大画面花鳥画》の5つのコーナーで中国・朝鮮・日本の作品を紹介、日本の絵師がどのように外国の作品を吸収していったのか、それなりに理解できるような気がした。特に椿や鶴の表現には、感銘を受けた。
 俵屋宗達、狩野探幽、狩野元信、等等、お馴染の面々の作品をここで見ることができて、とても嬉しかった。長谷川等伯の秋草の表現には、やはり魅了される。
 最も感激したのは何といっても我が伊藤若冲の2作品【糸瓜群虫図】【玄圃瑤華】、蔦や小動物の描き方は絶品、それほど大きな作品ではないがひときわ輝かしいオーラを放っていた。ひと通り見終えた後に作品の前に戻り、繰り返し何度も見入った。

 通常は訪れることができない関西の美術館に足を運び、大好きな若冲作品その他を見られた喜びもひとしお、展示規模も周辺観光の合間に立ち寄るにはちょうどいいと思った。ただし、入館料は少々高いのではと感じた。
by nene_rui-morana | 2010-12-03 20:06 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)

興福寺

 平安遷都1300年記念の今年、奈良・大和路の神社仏閣では[祈りの回廊]と名づけられたキャンペーンで、秘宝・秘仏を特別開帳していた。今回の旅も[祈りの回廊]を中心にスケジュールを組んだ。どこも素晴らしかったが、創建1300年を迎える【興福寺】の特別公開は、ひときわスケールが大きかった。

 拝観券を購入してまず向かったのが【五重塔】(国宝)、本日は初層が特別公開され、心柱を中心に安置された四組の仏様を拝観した。室町時代の再建で【東大寺大仏殿】と並び奈良市のシンボル的存在ともなっている名建築、今回内陣を見られた喜びは計り知れない。この塔に関しては明治時代の廃仏毀釈にまつわる有名なエピソードがあるが、あの時燃やされないで本当によかったと思う。

 続いて【東金堂】(国宝)に入る。居並ぶ国宝・重文級の所像は圧巻、舞台のフィナーレで見栄をきる役者たちを見るような錯覚さえ感じた。四天王に踏みつけられた邪鬼までもポーズしているようだった。前面を何度か往復し、繰り返し見入った。
 本日は【後堂】も特別公開されていた。通常は見られない【阿弥陀如来像板絵】に対面、貴重な機会が得られたことを天に感謝しつつ、こちらもじっくり見学、係員の方の解説は3回は聞いたと思う。下に安置された【正了知大将像】は11世紀の火災時に踊り逃げたという逸話が伝わる。現在の像は後世の再興だが、今回50年ぶりに東金堂にお里帰りしたとのことで、こちらも大変意義のある見学となった。

 当寺のクライマックス、【国宝館】は今年3月にリニューアルされ、照明や展示場所が一新された。館内は大変混雑していた。
 【阿修羅像】は東京でお会いした時より少しふっくらされたような印象を受け、壁に映った影もなかなか幻想的だった。【仏頭】を含めた館内の展示作品については多くの方が感想を述べておられるので、ここでは自分はこれ以上述べないでおこうと思う。自分の拙い文章力では到底表現できず、皆様と同じく「どの像も素晴らしく大変感激した。」とした記せない。館内は以前より斬新になったと思うので、ぜひご自身で訪問していただきたい。
 館内のミュージアムショップも改装され、グレードアップしていた。

 この後、他のスポットを廻って近鉄奈良駅まで戻り、駅前商店街からの近道から駆け足で【北円堂】へ向かった。
 3年前に訪れた時もちょうど特別開扉していて、居並ぶ慶派の仏像に雷に打たれたような衝撃を覚えた。特に【無著・世親菩薩像】(国宝)はまさに生きた人間がそこに立っているようで、慶派作品を再認識するきっかけともなった。大好きなこの二体の彫刻に再会できたことも、今回の旅の大きな喜びだった。まずは正面で手を合わせ、その後は何度も堂内を廻り、いろいろな角度からじっくりと鑑賞した。文句なしに、日本のみならず世界の肖像彫刻の中で屈指の逸品、高校の日本史の教科書にもぜひ写真を掲載してほしい。いつまでもそこにいたいが、それは許されない。再会を祈り、後ろ髪ひかれる思いで北円堂をあとにした。

 現在、興福寺では【中金堂】の再建が進められている。竣工はずっと先だが、その時に再び来られることを祈っている。
by nene_rui-morana | 2010-12-02 20:40 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)
 旅行最終日の11月2日(火)、ホテルをチェックアウトして最初に訪れたのが【春日大社訪問殿】で開催中の表記記念展示、会場まではバスで移動した。
 展示室は建物2階、タイトルのように平安時代を中心に江戸時代までの舞楽の面や衣装などを一般公開、春日大社の雅楽は有名だが、今回その貴重な宝物を多数見ることができた。
 最大の見ものは【笙(若宮御料古神宝類)】(国宝)、笙という言葉に初めて接したのは小学生時代に子供向け[枕草子]を読んだ時で、清少納言が生きた時代を肌で感じる思いがした。平安時代の【舞楽面】は重文に指定されていて、正倉院から受け継いだ美意識が人々を魅了する。
 他にも、各種舞台装束の他、【振鼓】や【神楽笛】などの楽器を展示、現代の日本人が和楽器に触れる機会は洋楽器よりはかなり少ないので、この点でも貴重な見学だったと思う。【篳篥(ひちりき)】の名は中学の音楽の教科書で覚えたような記憶がある。
 個人的に注目した展示は【春日本 春日権現記第七巻】、江戸時代の作だが、絵巻作品が好きなので心に残った。
 他には、源義経奉納の武具や、松平定信の著作などが展示されていた。

 見学を終えた後、鹿に迎えられ、本殿へと向かって参道を歩く。この日は平日だが、大勢の観光客で賑わっていた。修学旅行の時はここまでは来ておらず今回が初訪問、奥の若宮本殿も含めて壮麗な社殿の数々と広大な敷地に、春日大社の歴史とスケールを体感する思いがした。
 本殿奥にも入れたが、有料で時間もかかりそうなので、後日にまわすことにして外から手をあわせ、バス停車に戻った。
by nene_rui-morana | 2010-12-01 23:27 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)

法起寺

【法輪寺】を出た後、徒歩で【法起寺】へと向かう。道中は、古墳や田畑、彼方の山々など、秋の飛鳥の風景を満喫できた。
 彼方に【三重塔】(国宝)が見え、だんだんと近づいてくる。散策の醍醐味を実感する思いがした。山々や周囲の田園風景に三重塔が見事にマッチ、この景観は奈良屈指だと思う。手前のコスモス畑との取り合わせも実にいい。
 当寺も法輪寺同様、聖徳太子や山背大兄王と関わりがある。この地が太子ゆかりの場所であることを再確認した。
 当寺も規模はそれほど大きくないが、池の蓮など、境内は実に風情があり、心が落ち着いた。三重塔は飛雲三(706)年建立ともいわれ、わが国で現存する最古の三重塔である。寺宝類は収蔵庫に安置されている。
 境内から垣間見る飛鳥の景観もまた格別、深まりゆく秋のひと時を体感できた。
by nene_rui-morana | 2010-12-01 22:05 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)

法輪寺

 今年は、落雷で焼失した【法輪寺】の三重塔(戦前は国宝)が再建されてから35年目にあたり、同寺で記念の特別展が開催されていた。
 会場の庫裏に入り、まず目に入ったのが【釈迦如来坐像】【四天王立像】(共に平安時代)、そして旧三重塔の部材、往時を物語る貴重な史料である。他の展示は、旧三重塔の写真パネルや焼失を伝える新聞記事、新三重塔の模型・設計図・建築に使われた道具類などで、以前にも当寺を訪れ三重塔が再建であることは知っていたが、今回の特別展でより詳しくその過程に触れることができ、大いに感銘を受けた。
 焼失は昭和19年7月19日、戦後の混乱期の勧進行脚がいかに過酷なものであったか、想像に難くない。全焼したため国宝指定が解除され全く独力の再建となったことや、時のご住職は木材の買い付けで海外にまで行かれたことなど、興味深いエピードも多数紹介されていた。
 高度成長期は物価が高騰し、再建は何度も停滞をみたが、作家・幸田文女史その他多くの支援者の尽力により、昭和50年に新塔が完成した。
 個人的に注目した展示は、【塔心礎納置銅壷】(舎利容器)および【仏舎利縁起】、共に重文に指定されている。元文四(1739)年に旧三重塔修理の際に発見された舎利容器およびその時の様子を描いたもの、縁起はカラーで詳細に描かれていた。夏の韓国旅行で現地のガイドさんから仏舎利について興味深い話を聞いたこともあり、今回は特に念入りに見た。
 【九輪仕様目録注文】は相輪の鋳造を行った河内屋六右衛門が差金屋七右衛門に出した見積書、印が押され、こちらも興味をそそられる古文書だった。なかなか達筆で、おそらく本文は有識者に書いてもらったのだろう。

 特別展を見た後は、講堂内の諸仏や、境内を見学した。再建であっても、三重塔は魅力がある。
 当寺は現在の規模は決して大きくないが、今回は心に残る貴重な展示が見られて、幸運だったと思っている。
by nene_rui-morana | 2010-11-30 19:50 | 平城遷都1300年巡り | Comments(0)

趣味の史跡巡り、美術展鑑賞などで得た感激・思い出を形にして残すために、本ブログを立ち上げました。心に残る過去の旅行記や美術展見学記なども、逐次アップしていきたいと思います。


by nene_rui-morana