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カテゴリ:エピローグ( 3 )

 標記展覧会は自分にとっては多くのものを思わせ、また思い出させるものだった。

 感想をまとめるまでに一年近くの時間が経過してしまったが、この間に他所で、標記展覧会に関連した経験もした。

 今回はそのようなことを少しまとめてみようと思う。



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by nene_rui-morana | 2016-05-16 12:44 | エピローグ | Comments(0)

下岡蓮杖【れんじょう】

 表記展覧会を見学した直後に父が亡くなり、記事をまとめるまでに一年数か月が経過していた。

 その間、他の展覧会その他で直接的または間接的に蓮杖に関わる事実に触れる機会があった。加えて、幸いにも地元の図書館で展覧会の図録を借りることができ、これを読みながら忘れかけていた内容を思い出す一方、当日気がつかなかったことや会場では知りえなかった事実を認知した。

これらを整理しながら、先にアップした記事では書けなかったことなどについて、あらためて振り返ってみたいと思う。

 まず、蓮杖はキリスト教徒であったということ、浦賀や下田・横浜などで暮らし、写真術の習得を通じて外国人と関わった蓮杖は、かのヘボンを介して交流を持った宣教師から明治7(1874)年に洗礼を受けた。最初の妻・美津はその翌年、死の直前にやはり洗礼を受けた。蓮杖の墓は巣鴨の染井霊園にあり、昨年十字架が刻まれている墓石をこの目で見る機会があった。

 今年2015年は、私が好きな絵師・小林清親の没後百年目にあたり、大規模な回顧展が複数開催され、それらを通じて生地や作品以外の清親の側面に触れた。そのうちの一つが、光線画でデビューする前に清親は蓮杖のもとで写真術を学びモノクロ写真の彩色などを手掛けていたというもの、唯一残る清親の若き日の写真は蓮杖が撮影したという説もある。

 上記については清親自身が証言を残しているわけではないので、研究者の間でも未だ確証が得られていないらしい。

 ただし、私個人は今回記事をまとめた結果、清親は短期間ではあるが蓮杖のもとで過ごしたのではないかと思うようになった。

そう思うに至った最大の理由は、蓮杖が明治4年に撮影した【下岡蓮杖・臼井秀三郎アルバム】中の【HIKIFUNE ヒキフネ】の存在、清親が同じテーマで代表作【東京小梅曳船夜図】を描いたのはその5年後のことだった。清親作品の誕生の背景に、広重作品と生地近くの景観という要素があることは間違いない。加えて自分は、蓮杖の写真も関与したのではないかと感じている。

特に蓮杖の影響を強く感じたのは、『曳船』が必ずしも江戸を代表する名所・名物ではなかったと、ある研究家の方が話されていたことによる。生地近くであっても、他に数多くある名所に優先して『曳船』を描いた背景に、蓮杖のもとでの体験があったように自分は感じた。

 清親が静岡から生地・東京に戻ってきたのは明治7年、翌年に蓮杖は横浜から浅草に転居している。清親が住んだ現在の両国界隈と浅草は程近い。既に写真師として名声を博していた蓮杖のもとを、前途を模索していた若き清親が訪れた可能性は高いと思う。

 もしかしたら、当時の清親の将来設計の中に、写真師という選択肢があったのかもしれない。

 浮世絵に新境地を開拓し、今日も見る人を魅了し続ける情趣豊かな清親作品の誕生の背景には、一流の写真師であり絵師でもあった下岡蓮杖の存在があると、自分は感じた。

 もしこれが事実であったなら、清親は若き日に師事した蓮杖の後を追うように、その死の翌年に亡くなったことになる。

 蓮杖の生没年は、文政6(1823)年~大正3(1914)年、92歳の生涯だった。この間、開国に激動の幕末、明治時代の全てを体験し、文字通り、近代日本の証人だった。時代の常として夭逝・早世した人も多いが、蓮杖の近親者の中には長寿を全うした人が何人も見られる(以下敬称略)。図録によると、二度目の妻との間の長男・下岡喜代松は108歳、先妻筋の孫の下岡富之輔(虹洋)は93歳、曾孫の山岡重野と尾形奈美はそれぞれ91歳と98歳まで生きている。

 東京都写真美術館は現在、工事のため長期休館に入っている。自分としては楽しみが減っている状態、リニューアルオープンの渾身の展覧会を見られる日を心待ちにしている。

 


by nene_rui-morana | 2015-09-20 21:02 | エピローグ | Comments(0)
 最近とみに、旅行や美術展見学を通じて、それまで知らなかったことや、月並の知識しかなかったことに興味を抱き、ネットや関連書で調べる機会が増えてきた。その結果、自分にとっては大いに意義のある新たな発見を得たことも少なくない。そのため、今回新たなカテゴリーを設け、今後はそのような「事後調査」をまとめていきたいと思う。

 昨年2009年は、開国150年に天皇在位20年が重なり、展覧会が大変充実した一年だった。各所で出会った?作品から得た感激は計り知れず、新たな発見も多々あった。
 以下は、展覧会きっかけに興味を抱いたことをいろいろ調べ、その結果読んだ書籍の一部である。


【幕末・明治の工芸】
 [副 題] 世界を魅了した日本の技と美

 [著 者] 村田理如

 [出版社] 淡交社

 著者・村田氏は、清水三年坂美術館長で並河靖之有線七宝記念財団理事。
 本書には、第一章は並河作品の紹介に始まり、幕末から明治に生み出された、尾張七宝、京薩摩、印籠、根付、刀装具、金工、蒔絵などが紹介されている。作者の中には「帝室技芸員」に任命された人もいる。作品のいつくかを昨年の展覧会で目にする機会があり、先頃は清水三年坂美術館の訪問も実現して、心底魅了された。本書で見事な作品の写真を見ていると、近代初頭の日本の工芸家の底力を実感する。残念ながらこれらの作品は外国向けに制作され、長らく日本国内では評価・注目されなかった。当然ながら関連書も少なく、その点でも貴重な書籍であり、本書を通じて新たに学んだことも数多い。遅ればせながら、幕末・明治期の日本の工芸作品にスポットがあたることを切望している。



【七宝】
 [副 題] 色と細密の世界

 [企 画] INAXギャラリー企画委員会

 [出版社] INAX出版社

 昨年INAXギャラリーで開催された「七宝-色と細密の世界-」展の図録でもあり、こちらにも村田理如氏が解説に協力されている。
 本書の最初に掲載されている「黄金瑠璃鈿背十二稜鏡」は《皇室の名宝》で見ることができた。並河作品他の掲載作品にも複数の展覧会で出会えたし、先頃は京都の並河旧宅への訪問も果たした。その上であらためて本書を読み直し、詳細な解説により七宝という技法の真髄に触れ、ますます魅了されている。


【幕末維新懐古談】
 [著 者] 高村光雲

 [出版社] 角川書店

 昨年接した作品により、「帝室技芸員」が近代日本の美術に果たした役割は極めて大きいと感じている。しかしながら、帝室技芸員に関する書物や研究は多いとはいえず、ネット検索してもそれほど詳細な解説は探せない。
 それだけに、昔偶然入手して自室の本棚の片隅に埋もれていた本書の中に、、「帝室技芸員」に関連する記載を見つけた時は、本当に感激した。高村自身が帝室技芸員だったが、彼が生きた時代と彼が生み出した作品は現在の自分が最も興味をそそられる分野であり、当事者の回想録という面でも読み応えがあった(もっとも興味ある部分だけで未だ完読はしていないのだが)。展覧会で見事な牙彫作品に圧倒された石川光明、「浅草で活動」という解説文により「同じ地にいた高村光雲と交渉があったのでは?」との推論が当たっていたことも本書でわかり、いささかの自己満足も味わえた。
by nene_rui-morana | 2010-06-14 20:27 | エピローグ | Comments(0)

趣味の史跡巡り、美術展鑑賞などで得た感激・思い出を形にして残すために、本ブログを立ち上げました。心に残る過去の旅行記や美術展見学記なども、逐次アップしていきたいと思います。


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