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カテゴリ:思い出の展覧会( 8 )

シルクロード大美術展

[会期] 平成8年4月20日~7月7日

[会場] 東京都美術館

 ポスターを見て興味がわいたのか、招待券を貰ったのか、表記展覧会に足を運んだいきさつは覚えていない。行った時期も忘れてしまったが、図録を購入しているので感動したことは確かであり、特にギリシア彫刻を思わせる彫の深いガンダーラ仏に魅了された。後日ガンダーラ美術展に行った時も大変感激した。
 しかし当時の自分はまだ今日ほど展覧会や旅の感想を記録していなかった。この頃、職場では上司とウマがあわず担当業務も不本意で、好きな映画や読書への興味も薄れ、プチ鬱のような状態だった。翌年度に職場は異動したが、家庭で信じ貢献してきた家族の背信などを経験し、しばらくは過酷な時期が続いた。こんな状況下で得られたわずかな感動である本展覧会についても、振り返る余裕のないまま記憶が薄れ、歳月が流れていった。

 最近になり、何気なく本棚の隅に埋もれていた図録を開いてみて、衝撃に近い感動を覚えた。すべての作品に底知れぬ魅力を感じる。
 かつて魅了された仏像のすべてのジャンルはもちろん、壁画、幡、壷、木簡、その他すべてに、決して語弊ではなく、惚れ直した。多くの浮世絵展に足を運んで「手漉きの紙」と「刷り物」というジャンルにも魅せられるようになったので紙本墨版や墨画にも、また絹本着色の作品などにも心躍らされた。正倉院宝物の親戚?のような作品もたくさんあり、あらためて、奈良・東大寺はシルクロードの終着駅だと実感した。
 早速地元図書館のHPにアクセスし、本展覧会の重要部分を占めたペリオ探検隊その他、シルクロード特に敦煌に関する関連図書をリクエストした。またネットレンタルのDVDで敦煌・莫高窟などの映像を夢中で鑑賞した。西安旅行や、超優等生のT先輩から敦煌やトルファンについて話していただいたことも懐かしく思い出された。
 俄然、この目で敦煌・莫高窟も見てみたくなってしまった。
 
 再び図録を開き、あらためて「本当にすごい展覧会だった、こんな素晴らしい展示を見ていながら何故しっかり感想を記さなかったのか!」と後悔もした。しかし一方で、それはそれで仕方がなかったとも思っている。今の感動は、旅行や芸術鑑賞を含めた多くの人生経験によりもたらされたものであり、当時の自分には感じることができなかったのだろう。
 将来また同じような展覧会が開催されたら、図録でしっかり予習をしてじっくり鑑賞し、細部までしっかり記録したい。あわせて、シルクロードを旅するという夢もぜひ実現させたい。
 
 本稿の草稿を構想している時、平山郁夫氏の訃報に接した。シルクロードを語る上で欠かせない、現代日本を代表する画家、自分も過去複数の展覧会で魅了された記憶がある。体調を崩されていたそうだが、まだまだ活躍していただきたかった。記事のアップは遅れてしまいましたが、つつしんでご冥福をお祈りいたします。
by nene_rui-morana | 2010-02-27 20:27 | 思い出の展覧会 | Comments(0)

日本美術名宝展

[副題] 御在位六十年記念

[会期] 昭和61年9月23日~10月19日

[会場] 東京国立博物館


 昨年開催された平成の御在位記念特別展《皇室の名宝》がとても素晴らしかったので、ここでは遙か昔に開催された昭和の御在位記念特別展を、記憶を呼び起こして回顧してみようと思う。

 表記展覧会はマスコミでもかなり大々的に報じられたように思う。当時の自分は、東京国立博物館へは何度か行っていたが、今ほど美術展に足繁く通ってはいなかった。おそらく、新聞か電車内の広告を見て、ぜひ行ってみようという気持ちになったのだろう。
 会期は前期(9月23日~10月5日)・後期(10月7日~10月19日)に分かれていたが、展示作品の記憶から、自分が行ったのは多分前期、平日の日中に時間を作ったように記憶している。
 長い年月が経過しているので細かいことまでは覚えていないが、歴史の授業で触れた至宝の数々を一度にこの目で見られて、とても感動した。

 記憶にある作品は、まずは宗達の【風神雷神図屏風】、それ以前に光琳の作品を見ていたが(場所は熱海のMOA美術館か?)、この時オリジナル?に初対面した。至近距離でまじまじと見て、その大きさ・スケールに圧倒された。この作品には自分には何故か縁があり、その後も何度か見る機会に恵まれた。
 この作品と、薬師寺の【吉祥天像】の絵ハガキを買っているので、この2点が最も心に残ったのだろう。

 同じく縁のある空海の【風信帖】にも、この時に初対面した。当然ながら、日本史の教科書に掲載されているのと現物は全く違い、感銘も深かった。

 鎌倉時代の代表的な似絵、神護寺の【源頼朝像】他2点も、想像していたよりはるかに大きく、また教科書の写真では表れない衣装の模様などが見られて、心に残った記憶がある。この作品にも後日再度対面している。なお近年「モデルは頼朝ではないのでは?」との説が提唱されているが、当然ながら図録のタイトルにはまだ「伝」とは書かれていない。

 正倉院宝物も何点か出品されていた。【東大寺献物帳】は、藤原仲麻呂ら当時の政界有力者数名の署名が印象的だった。この直後に歴史書に掲載されているのを見た記憶がある。

 一方で、後年の展覧会で感動を得た作品複数を、この時見ていたことが分かった。伊藤若冲の作品も見ていたのだが、当時の自分は今にも増して、授業等で教えてもらっていない芸術作品に目をとめるまでの慧眼がなかった。はなはだ遺憾であるが全く記憶がない。

 自分が行った日は天気が良く、館内から眺めた裏手の庭の景観も大変良かった。

 本特別展に関してはエピローグがある。見学した直後に出入りの新聞屋さんから招待券を貰い、非常に悔しい思いをした。今日なら迷わず再度訪問するが、当時の自分はアルバイトを掛け持ちして万事やりくりしていたので、再び時間を作ることも交通費をやりくりすることも出来なかった。決して誇張ではなく、図録の購入にも相応の勇気が必要だった。招待券は友人に譲った。

 今あらためて陳列一覧表(時代を感じるB5サイズ)や図録を見て、本当にスケールの大きい特別展だったと実感する。建造物や大型の仏像など持ち運びが出来ないものを除けば、日本史の教科書に掲載されている作品の大半を網羅している。今後この時と同じ規模の展覧会が開催されるなら、迷うことなく日本のどこであっても前後期駆けつけるが、その実現の可能性は高くないように思う。
 その意味では、本展覧会が実現した時に東京にいて自身の目で見られたのは、貴重な体験だった。現在の自分にはない感受性をもって得た感動は、若き日の新鮮な懐かしい思い出である。
by nene_rui-morana | 2010-02-13 23:27 | 思い出の展覧会 | Comments(0)
[見学日] 1994年5月5日(金)

[会 場] 新潟県立近代美術館

 1994年のGWに新潟を旅行し、長岡滞在日に標記企画展を鑑賞した。きっかけは現地で観光スポットか土産物店に立ち寄った際に「ご旅行ですか?絵はお好きですか?それなら今近代美術館でいい展覧会をやってますよ。」と教えていただいたことによる。
 ちょうど時間もあったのでバスに乗って会場に赴いたが、予想を上回る素晴らしい展覧会で大変感動した記憶がある。特に当時急激に傾倒していたカンディンスキーの作品を見られた喜びはひとしおだった。当日の手記には「午後に近代美術館へ行く。『シカゴ博物館展』が目的だったが、常設展もなかなか良かった。カンディンスキー外の近代絵画の巨匠、大観等日本の巨匠、ゴヤのデッサンなどが一度に見られ、素晴らしかった。」と書いてある。しかし当時の自分には、感動した体験を後日のため記録に残すという姿勢がまだなかったので、歳月の経過と共に貴重なひと時も記憶の彼方に薄れていった。
 月日は流れて、今年のNHK大河ドラマ『天地人』の舞台はまさしくこの時に旅した地、先日自室の一角に埋もれていた旅行関係資料を引っ張り出して見たところ、常設展のリストが見つかった。この時のタイトルは『近代美術館名品展-新収蔵品を中心に-』、手記に書いていたゴヤのエッチングの他に、梅原龍三郎、浅井忠、安井曽太郎、ミレー、ファンタネージ、等等、そうそうたる顔ぶれが揃い、こんなすごい展覧会だったのかと今さらながら胸が騒いだ。中には、コローや藤田嗣治など、この後に関心を持った画家もおり、今再び同じ展示を見たならば、また新たなインスピレーションをかきたてられるような気がする。
 『シカゴ美術館展』の出品リストは見つからず、大変感動した多くの展示についても残念ながらカンディンスキーしか思い出せない。
 将来再び長岡を訪れる機会があったら、ぜひまた当館に足を運びたい。あわせて、シカゴでも他の都市でも、いつかアメリカ本国を訪れ、現地の美術館の至宝群に対面?する日が来ることを切望してやまない。
by nene_rui-morana | 2009-11-19 20:34 | 思い出の展覧会 | Comments(0)
[会期] 1996年12月14日(土)~1997年2月2日(日)

[会場] セゾン美術館

 ヴァシリー・カンディンスキーを知ったのが何時だったのか、明確な記憶はない。そもそものきっかけは、偶然足を運んだ美術展の会場で妙に心惹かれる作品がカンディンスキーのもので、それが何度か続いた後にファンになった、というものだった。実は転職直後に仕事の関係でバウハウスについて調べたことがあったが、その時は軽く読み流してしまい、カンディンスキーがこちらに深く関わっていたことを認識したのはずっと後のことだった。ともかく、1994年には私はカンディンスキーの画集を購入しているので、この時点では彼は私の御贔屓の芸術家になっていた。この年のGWに旅行した新潟の美術館の特別展で彼の作品を見られて「とても嬉しかった」と知人に手紙を書いた記憶がある。以後も美術展でカンディンスキーの作品に遭遇すると、それだけでもとても嬉しい。香港に行った時に入ったマクドナルド店内の壁に彼の複製画が飾られていた時も得した気分になった。
 展示室内の多くの作品の中にあっても必ず目がいく、作品の放つオーラと自分の波長がぴったり合う、自分にとってカンディンスキーと酒井抱一はそんな芸術家なのである。
 標記美術展は自分にとっては初めての本格的なカンディンスキーの展覧会だった。彼のパートナーだったガブリエーレ・ミュンターと、二人が共に生活していた農村ムルナウの名は、この時に知った。
 私が好きなカンディンスキー作品は【黒い随伴】(1924年)や【コンポジションⅧ】(1923年)など第一次大戦以後に生まれたものだが、本展示会の内容はそれ以前のミュンターと生活を共にしていた時期のものだった。図書館所蔵の書籍にも掲載されていない作品も数多く、自分としては新たなカンディンスキーの側面の発見だった。長い時間が経過しているので当日のことはよく覚えていないが、絵葉書を買っているところをみると、20世紀初頭に制作された木版やリノカットなどは特に気に入ったらしい。写真展示だが、ステンシルで彩色したムルナウのミュンター・ハウスの階段も心に残っている。他にも彩色された椅子や机、本棚などの家具がミュンヘンのガブリエーレ・ミュンター=ヨハネス・アイヒナー財団に残されている。一方のミュンターの作品も時代を代表する巨匠からの多大な影響が感じられるものだった。両名がそれぞれ描いた相手の肖像画は、やはり心に迫るものがある。
 本展示会を見て、孤高の人も多い一方で、偉大な芸術家はしばしばパートナーから多大なインスピレーションを受けて感性にも磨きがかけられ傑作を生み出すという事実を体感する思いがした。ダリとガラ、コクトーとジャン・マレー、レンブラントやルノアールもパートナーをモデルにした傑作を残している。カンディンスキーとミュンターに関しては両名とも芸術家であったことから、日本の池大雅と玉蘭を思わせる。ロダンとカミーユ・クローデルほどの激しさはないが二人は後に別れた。しかし、共に暮らしたことで、美術史上不滅の作品が生み出されたことは、まぎれもない事実である。
 本稿を書くにあたって、久々に購入した図録を見直して、新たな感動を呼び起こされた。特に当時はさほど感銘を受けなかったであろうスケッチや習作、また葉書に描かれたカット画などはとてもいいと感じた。年齢を重ね、旅行先や数多くの展覧会で歴史や文化・芸術に触れたことにより、以前は気がつかなかった作品の魅力が見えてくるような思う。自分にとって芸術鑑賞は人生最大の楽しみの一つであることに間違いはない。
 なお、会場となったセゾン博物館(池袋)はバブル崩壊後のデパート不況のためその後閉館した。現在こうして当時を思い出すにつけ、時代の移り変わりを感じる。
by nene_rui-morana | 2009-08-08 23:17 | 思い出の展覧会 | Comments(0)
[会期] 2001年1月27日(土)~3月25日(日)

[会場] 東京国立博物館 平成館

 中学3年の修学旅行先は京都・奈良、自分の母校では出発前の社会科の時間に、班ごとに訪問地を調査・発表させられて、私の班の割り当ては西の京だった。事前に少し研究した分、薬師寺と唐招提寺は現地でも強いインパクトを受けた。金堂のあの大きな仏像三体には友人と共に圧倒された。
 その後プライベートで唐招提寺には2度行く機会があったが、国宝「鑑真和上坐像」を拝観することは出来なかった。開扉されるのは祝祭日が全くなく、天候面でも旅行には適さない6月なので、今の生活が続く限りはこの像と対面することは不可能だろうと思っていた。
 それだけに、東京までお越しいただけることを知った時の感激はひとしおではなかった。
 見学日当日、像の前に立った時は、決して誇張ではなく、感動と興奮で胸が高鳴り、全身が震えた。1300年の時を経て今なお息づく天平の至宝、ありし日の鑑真の穏やかな中にも意思の強い性格がありありと伝わってきた。芭蕉の名句「若葉して御目の雫ぬぐはばや」をこの身で感じる思いがした。数度の渡航失敗とそれによる失明を乗り越えて来日し、日本で人生を全うした鑑真の胸中が見事なまでに表現され、言葉を忘れてしばし見とれた。
 この時には他にも唐招提寺の国宝・重文が多数陳列されていた。実は私は恥ずかしながら、過去3回の拝観時に金堂以外は見学できないものと思い込み、それ以外の所は見ていなかった(就学旅行の時は見学時間がなかったからなのだが)。よって多くの寺宝とはこの時初めて対面?した。特に感激したのは、トルソーを思わせる【如来形立像】、ギリシャ彫刻の女神像を彷彿とさせる優雅で上品な作風だった。
 見学後に記念の絵葉書等を購入した。

 この特別展が開催されていた時、自分はプライベートでは長年の夢が実現することになり、とてもハッピーだった。公的生活でも職場や担当業務にはまずまず恵まれ、毎日の生活はそれなりに順風満帆だった。
 その後経験した悲喜こもごもについては、とても書ききれないが、多くの喜びと悲しみ・楽しさと苦しさを体験し、数多くの文化に触れて、歴史に残る芸術作品から感じるものもより強まったと思う。西の京を再び訪れる機会は得られていないが、建都1300年の記念の年にはぜひまた奈良に行きたいと思っている。その時に、この鑑真和上坐像を含めて多くの至宝に再会?できれば、いうことがない。
by nene_rui-morana | 2009-08-07 22:28 | 思い出の展覧会 | Comments(0)
[見学日] 2006年8月11日(金)
[会 場] 東京国立博物館・平成館

 多くの日本人と同様、自分が「伊藤若冲」という画家の名を知ったのはこの展覧会直前のことだった。きっかけは若冲を特集した某テレビ番組、しかし彼の特別展が開催されることは知らなかった。知人が「一緒に行きましょう」と声をかけてくれなければ見られなかったかもしれない。

 2006年8月11日、昼に合流し、まずは森鴎外の旧居である【水月ホテル鴎外荘】にて懐石の昼食を美味しくいただいた。その後に台東区が運航する巡回バスに乗って会場に向かった。

 伊藤若冲は京都で活躍したアマチュアの画家だが、長らくその功績が注目されることがなかった。写楽と同様、その芸術家としての価値を見出したのは外国人だった。ジョー・プライス氏は半世紀に渡り、若冲や江戸時代の個性的な画家の作品を収集してこられ、この時に里帰りが実現した。
 本展覧会では、若冲の卓越した技法に目を奪われ、夢中で見学した。テレビ番組でも紹介された【鳥獣花木図屏風】は一コマずつ塗りつぶしていくユニークな発想とその集大成としての巨大な完成作品に驚嘆した。あるものはユーモラスに、あるものは繊細かつ華麗に描かれた花鳥風月に心奪われた。色彩表現も抜群で、若冲はデザイナーとしても優れた才能の持ち主だったと感じた。
 また本展覧会では若冲以外でも、円山応挙、曽我蕭白、鈴木其一など、その後の平成館での特別展に連なる芸術家の作品が展示されていた。愛してやまない酒井抱一や河鍋暁斎の作品も見ることが出来た。
 時代を代表する至宝に触れる度に感じる感動と興奮をこの時も存分に味わい、嬉しさで胸が一杯になった記憶がある。ただしこの時期の自分は、4月に異動した係が非常に忙しく、私生活でもその数ヶ月前から妹の出産その他で超多忙な毎日が続いており、見学時間をやりくりするのが精一杯で感動冷めやらぬうちにそれを記しておくだけの余裕が身辺になかった。まだブログも開設しておらず、芸術鑑賞した感想をリアルタイムで書き残しておこうという意識も薄かった。よって不本意ながら、この程度の文章しか書けない。
 今、あらためて展覧会のチラシや出品目録を見ながら当時を思い出し、少しでも感想を文章にしておかなかったことを非常に後悔している。かなわぬ夢と思いつつも、今一度同じ展覧会が実現してほしいと心底願わずにはいられない。【大琳派展】【対決 巨匠たちの日本芸術】を見た今日の私には、また違った感想があると思う。

 帰りがけにショップで、絵葉書、【雪中鴛鴦】のマグネット、【紫陽花双鶏図】のクリアーファイルを記念に購入した。
 その後は例によって、食事をしながら展覧会の感想を長々と語り合った。
by nene_rui-morana | 2009-07-27 20:45 | 思い出の展覧会 | Comments(0)
【会期】 昭和55年10月29日~12月21日
【会場】 国立西洋美術館

 通学で利用していた電車内や駅構内のポスターにより知った表記展覧会、ぜひ行ってみたくなった。
 会期中の某日曜日、妹と、よく我が家に遊びに来ていた妹の友人との3人で、会場に足を運んだ。天気は良かったように思うが、あまりに昔のことなので詳しいことは覚えていない。ただし、会場内で初対面?した名画の数々がとても素晴らしく、とても感動したことだけは記憶している。妹も友達も「とても綺麗!」と感激していた。ポスターのマルガリータ王女も綺麗だったが、現物の繊細な色彩表現は印刷では伝わらない。芸術作品の真価は実際にこの目で見なければ分からないという自身のポリシーは、関西への修学旅行を経てこの時に確立した。
 ベラスケスもマルガリータ王女も、この時初めてその名前を知った。この頃から、日本・外国を問わず、絵画や彫刻などの芸術作品に目がいくようになった。図書館で美術全集に目を通すことが増えたのもこの時期からだった。
 当時の我が家は経済的にかなり厳しく、この時も必要最低限のお小遣いしかもらえなかった。多分昼食も、安いファーストフードで済ませたのだろう。しかし若き感性で覚えた感激は貴重な、何にも変えがたい経験だったと思う。
 その後今日まで、数多くの美術展に出向き、多くの逸品と出会った。スペイン訪問はまだ実現していないが、国内の展覧会でベラスケスやゴヤの作品もずいぶん見たし、他の海外渡航先でその地の多くの作品を見る機会に恵まれた。その原点は、この展覧会であったと感じている。同行した友人は、中学校在学中にお父様が病気で他界されるという悲しい経験をしたが、現在は妹と同じく三児のママになり、たくましく生活している。数年前に地元のお祭りで久しぶりに再会した時は、往時よりかなりスマートになっていた。
by nene_rui-morana | 2009-03-25 21:42 | 思い出の展覧会 | Comments(0)

モナ・リザ展

[会期] 昭和49年4月20日~6月10日
[会場] 東京国立博物館

 このカテゴリの最初は、何といっても生まれて初めて足を運んだ表記展覧会でなければならないだろう。

 昭和49年、ルーブルよりモナ・リザが来日、マスコミが大々的に報道して「モナ・リザ ブーム」となる。当時の自分も子供なりにこれに便乗し、下敷きを買ったり、図書室で子供向けの美術書に目を通したりした。某菓子メーカーは「モナ・リザ パズル」の抽選キャンペーンを実施、CMで見て「これ欲しいな。」と言っていたら、当時まだ独身で同居していた叔父がどこかで買ってきてプレゼントしてくれた。とても喜んで毎日のように遊んだ記憶がある。なくしたパーツは厚紙に色鉛筆で書いて作ってくれた。このパズルは、多分まだ我が家の何処かにとってあると思う。

 かくのごとき私の熱中ぶりを見た母が「そんなに見たいなら行ってみようか。」と言ってくれた。
 母、自分、妹と三人で上野に足を運んだのは、晴天に恵まれた某休日、それまでに動物園には行ったことがあったが博物館に足を踏み入れるのは生まれて初めてだった。あまりに昔のことなので、詳しいことは覚えていない。博物館正面の噴水の周りを囲むように多くの人の列が並んでいた。どのくらい待ったかも覚えていないが、妹は途中で疲れて母にだっこしてもらったと回想していた。ようやく入場し、展示会場内に設けられた通路を歩きながら鑑賞、まだ子供だった自分には作品の位置は遠く感じられた。しかし子供心にも、世界美術史上屈指の逸品が放つオーラは充分感じられたように記憶している。おそらく見られた時間は10分程度だったと思うが、これが自分にとっての芸術作品鑑賞デビューだった。
 見終えた後は、館外の一角で暖かい日差しの下、妹と鬼ごっこをしたりして遊んだ。昼食もサンドイッチを買って屋外で食べた。

 手元に残る展覧会の図録を見ると、当時の総理大臣は田中角栄氏、外務大臣は大平正芳氏、文化庁長官は安達健二氏、モナ・リザ歓迎委員会の中には今日出海氏の名が見られる。過ぎ去りし昭和の時代が自身の人生の思い出と重なり、限りなく懐かしい。絵画や彫刻に傾倒して美術展に足繁く通うようになったのは、これからずっと経ってからだが、この分野での自分の原点は『モナ・リザ展』だったと思っている。
 2007年、ダ・ヴィンチの『受胎告知』が来日し、同じ会場で展示された。内装等が変わっていることもあるだろうが、会場は当時よりも狭く感じた。かつては夢のまた夢だった海外旅行か可能になり、この作品も含めて多くの逸品に現地で対面した。もちろん国内の展覧会でも多くの素晴らしい出会いがあった。その中にあって『モナ・リザ展』の思い出はひときわ異彩を放っている。
 現在のところ、残念ながらパリ訪問もモナ・リザとの再会も実現していないが、今年小学校に入る姪がテレビでモナ・リザを見て「ママみたいにこれの本物が見たい!」と言っていたので、将来共に見られる日が来ることを願っている。
by nene_rui-morana | 2009-03-20 13:49 | 思い出の展覧会 | Comments(0)

趣味の史跡巡り、美術展鑑賞などで得た感激・思い出を形にして残すために、本ブログを立ち上げました。心に残る過去の旅行記や美術展見学記なども、逐次アップしていきたいと思います。


by nene_rui-morana