2007年 12月 15日
鳥獣戯画がやってきた!-国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌(前期)
【会 場】サントリー美術館(六本木 ミッドタウン内)
午後6時、会場に到着、ネットからプリントアウトした割引引換券を渡してチケットを購入し、会場に入る。
今の季節はコート等の荷物がかさむ。離れた場所にはあったらしいが、入口近くにロッカーやクロークなどの配慮が欲しいと感じた。
私は昔から中世の絵巻巻が好きで、大学時代はこの分野をテーマにした他学科の講義も履修した。とりわけこの「鳥獣人物戯画」と「信貴山縁起絵巻」が大好きで、貧乏学生時代に昼食代を削って写真集を購入したこともある。10数年前に京都を旅行した時には高山寺まで足をのばした。
本作品は過去の展覧会で断片的には見たことがあるが、自分にとっての全巻公開は今回が初めて、その意味でも期待と喜びは大きい。
まずはエレベーターで4階の展示室へと上がる。
*会期後期にも行っているので、一部記憶違いで後期に見た内容があるかもしれません
【第一章 鳥獣戯画のすべて】
[甲・乙・丙・丁-国宝『鳥獣人物戯画絵巻』を見る]
入口正面のモニター映像に迎えられ、中に入る。前期の本日は各巻の前半部分が展示されている。順番に見ていくと、作者は一人ではないことが分かる。
まずは向かって右側の、甲巻を見る列に並ぶ。金曜日のアフターファイブということもあり、けっこう混んでいた。壁には拡大版レプリカが貼られ、オリジナルは展示ケースに入っている。あらためて見てみると、その長さに圧倒される。実際はこれよりさらに長いわけだから、作者の技量にはひたすら脱帽あるのみ。
お馴染みの甲巻は、水遊びのシーンから賭弓のシーンへと続く。擬人化された動物が巧みに生き生きと描かれ、野草など自然の描写も見事である。人類の至宝たる芸術作品に関しては、拙い文章で御託を並べることがはばかられる。興奮と感動そして喜びだけを記したい。
乙巻は動物が擬人化されずに描かれており、それぞれの特徴が見事にとらえられている。中には麒麟や龍など伝説上の動物もいる。親子で描かれた鶏や虎が微笑ましい。
丙巻前半に描かれるの様々な遊びに興じる人間の姿、後半は戯作化された動物だが、製作年代は甲巻より下り、表情やタッチも全く異なる。
丁巻は様々な場面の人間がラフなタッチで描かれている。
[失われた姿を求めて-鳥獣戯画復元の旅へ]
本絵巻の一部分は元々は現在と順番が違っていたらしいことはよく知られている。前のコーナーでオリジナルを見てみると、シーンが唐突に変化していたり紙の継ぎ目があわない箇所が明確に見て取れる。このコーナーの模本は、かつての姿がうかがえる貴重な資料である。原本に忠実でありながらも、各作品に個性と主張が明確にうかがえる。
土佐光信筆ともいわれる「長尾家旧蔵本」にはオリジナルでは失われている盤上の遊戯や首引き、ジャンプのシーンが描かれている。また猿の顔や尻に朱が入れられている。順番もオリジナルと異なり、スムーズに場面がつながる。おそらくこちらが元々の姿に近いのだろう。
「探幽縮図」とよばれる狩野探幽筆の模本も2点展示されていた。それぞれ別系統の模本を写したと思われ、手控えとはいっても非常にスケールが大きく見応えのある作品だった。彼が残した他の模本もぜひ見てみたい。
「住吉家伝来本」もかつての姿を伝えている。タッチは最もオリジナルに近いと感じた。
模本数点を見て、印刷技術が発達していなかった時代には絵画も物語と同様に模写によってより多くの人の目に触れたことと、絵画を志す者は前時代の代表作を模写することが修行の基本だったことを再確認した。
またこのコーナーには断簡数点も展示されていた。かつてはどのあたりに入っていたのだろうか、興味はつきない。
模本と断簡を見て、不可能と分かってはいても、今日失われた部分がすべて発見されて製作当時の形に完全復元されたものをぜひ見てみたいと感じた。
[受け継がれた鳥獣戯画]
室町~明治に描かれた鳥獣戯画のアレンジ作品を展示。各作者がそれぞれの解釈で個性を出して描いている。解説文にあったとおり、後世絵画を志す者にとって「鳥獣戯画は古典の教養の一つだった」ことがうかがえる。
特に嬉しかったのは、大好きな河鍋暁斎の作品がここで見られたこと、「画稿」は所有する写真集にも掲載されていた作品、「暁斎画談」は明らかに「信貴山縁起絵巻」をベースにしており、稀代の画家も古典をお手本にしていた事実がうかがえた。
階段を下りて3階の展示室へと向かう。
【第二章 鳥獣戯画の系譜】
[鳥獣戯画を生んだ環境]
密教図像は墨だけを用いて線描主体で描かれ、「鳥獣戯画」の筆者を考証する上で重要な位置を占める。このコーナーの最初に展示されていたのが醍醐寺の「不動明王像」と「十二神将図像」、いかめしい中にもユーモアがあり、楽しく見られる。デッサンは素人が見てもしっかりしている。私は映画の中では素描の類が好きなので、和紙に墨だけを用いて描かれた白描画には底知れる魅力を感じる。
「年中行事絵巻」(模本)には「鳥獣戯画」をモチーフにしたような描写が見られる。また個人的には、作風こそ違え、「洛中洛外図屏風」の兄弟分的な要素も充分にあると感じた。
[巧みな描線、ユーモアと諧謔-墨画、白描画、戯画]
展示作品の名称は「将軍塚絵巻」、直前に京都を旅し将軍塚も訪れたので、思いがけない対面に驚きと感激を覚えた。
「勝絵絵巻」「放屁合戦絵巻」は、表現や出版に制約がなかった時代のおおらかさが感じられ、けっこう面白く見た。
他に白描の作品が何点か展示、解説文には「原本の模写?」「素人の手すさび」といった記述が見られた。
[擬人化された動物たちの物語-御伽草子の異類物]
御伽草子の中の異類物(動物を主人公とする物語)をテーマにした彩色作品を展示、本日の展示は「雀の子藤太絵巻」と「鼠草子絵巻」。
なお、入口近くには長屋王邸宅跡から出土した墨書土器が展示されていた。
3階にはグッズ販売コーナーが設けられていた。私は実は「鳥獣戯画」の写真集は既に2冊持っており、当初は図録は購入しないつもりだった。しかし、今回展示されている写本や3階の作品に気に入ったものが何点かあったので、結局絵葉書と一緒に購入してしまった。
見終わった時の感想は、とにかく楽しい、例えていえば、ビリー・ワイルダー監督のコメディ映画の見た後のような、心地よい喜びがあった。
あらためて、この作品を生み出したのと同じ国に生を受けたこと、この作品に触れられる時代に生きていることに関して、神様に感謝したい。
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tちーこ
at 2013-12-05 09:34
x
はじめまして。
ブログはやっていないのでurlなしで失礼します。
将軍塚絵巻について調べておりまして、こちらの記事にたどり着きました。
将軍塚絵巻をご覧になられたとのこと、とてもうらやましいです!
人形を将軍塚に埋めるシーンはネットで小さい写真を見ることができたのですが
他にはどんなシーンが描かれていたのでしょうか?
将軍塚の案内板を読むと、桓武天皇が人形を埋めたというようにとれるのですが
鳥羽僧正は桓武天皇より少しあとの時代の人ですね。
鳥羽僧正は実際に埋める様子を見て絵巻を描いたのだとしたら、人形を埋めた天皇は桓武天皇ではないということになりますが
そのあたりの説明などは展示されてはいなかったですか?
ブログはやっていないのでurlなしで失礼します。
将軍塚絵巻について調べておりまして、こちらの記事にたどり着きました。
将軍塚絵巻をご覧になられたとのこと、とてもうらやましいです!
人形を将軍塚に埋めるシーンはネットで小さい写真を見ることができたのですが
他にはどんなシーンが描かれていたのでしょうか?
将軍塚の案内板を読むと、桓武天皇が人形を埋めたというようにとれるのですが
鳥羽僧正は桓武天皇より少しあとの時代の人ですね。
鳥羽僧正は実際に埋める様子を見て絵巻を描いたのだとしたら、人形を埋めた天皇は桓武天皇ではないということになりますが
そのあたりの説明などは展示されてはいなかったですか?
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nene_rui-morana at 2013-12-06 23:46
お返事遅くなりました。コメントありがとうございます。
「将軍塚」は、桓武天皇が平安新都の鎮護を祈願して、土製の武将像を埋めたという伝説の場所です。本展覧会の直前に京都を旅し、現地の方から夕焼けの素晴らしさを薦められ、足を運びました。
展覧会はずいぶん前のことなので記憶は定かではありませんが、購入した図録にも掲載されている、巨大な武将像の前で人々が祈願らしきことをしている頁が展示されていたように思います。
作者とされる鳥羽僧正はもちろん、自身で現場を見たわけではなく、伝承をもとに想像して描いたのでしょう。
所蔵する高山寺にもかなり昔ですが行きました。この作品のレプリカが展示されていた記憶はありません。
京都の寺院では、通常期は寺宝を博物館に寄託しているケースも多いようです。今後また公開される機会もあるでしょう。私もぜひまた見たいと思います。
「将軍塚」は、桓武天皇が平安新都の鎮護を祈願して、土製の武将像を埋めたという伝説の場所です。本展覧会の直前に京都を旅し、現地の方から夕焼けの素晴らしさを薦められ、足を運びました。
展覧会はずいぶん前のことなので記憶は定かではありませんが、購入した図録にも掲載されている、巨大な武将像の前で人々が祈願らしきことをしている頁が展示されていたように思います。
作者とされる鳥羽僧正はもちろん、自身で現場を見たわけではなく、伝承をもとに想像して描いたのでしょう。
所蔵する高山寺にもかなり昔ですが行きました。この作品のレプリカが展示されていた記憶はありません。
京都の寺院では、通常期は寺宝を博物館に寄託しているケースも多いようです。今後また公開される機会もあるでしょう。私もぜひまた見たいと思います。
by nene_rui-morana
| 2007-12-15 05:00
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