2021年 01月 30日
円覚寺の至宝 鎌倉禅林の美
[副 題] 大用国師二百年・釈宗演老師百年 大遠忌記念特別展
[見学日] 2019年5月4日(土祝)
[会 場] 三井記念美術館
平成も終わりに近づいた2019年3月、異動の内示が出て、それまでの不規則勤務職場からカレンダー通りの出勤となり、時代の変わり目の大規模連休を享受できることになった。
4月末から5月はじめにかけて、いろいろな展覧会に足を運んだ。
表記展覧会もその一つ、情報源はおそらく、新聞広告だったと思う。自分は鎌倉には3度足を運んでいるが、円覚寺を確実に訪問したと断言できるのは3回目だけ、1回目と2回目は明確な記憶はない。
目下、日帰りでも問題なく観光できる鎌倉さえ行くのが困難な状況なので、貴重な寺宝の数々を東京で見られる機会を逃さず、時代の節目の思い出に一頁を加えようと思った。
当日は自分は参加しなかったが座談会や座禅も催され、館内では円覚寺のお坊さんを何人か見かけた。
※ 作品名の次の()内は所蔵、無記入は円覚寺所蔵です。
◆無学祖元の「開山箪笥」
最初の章の目玉は、円覚寺開山・無学祖元遺品を一括収納した「開山箪笥」の収納品、【花菱亀甲蒔絵合子】以外は重文に指定されている。保存状態が良く、無学祖元の息遣いが伝わってくるように感じた。
先ずは、【無学祖元木印】(重文)が目に入る。この印が押された文書も現存しているのだろうか。
室町時代に制作された【花菱亀甲蒔絵合子】は雅で上品、【袈裟環】(重文)は、様々なデザインに注目した。
【払子(開山箪笥収納品)】(重文)は、『西遊記』の漫画などでも見たことがある。
合子や盆は鎌倉彫に似た造形だが、もちろんこちらが元祖である。
【黒角製香合】の蓋表には「日出 扶桑 樹」の文字が浮彫されている。
小さいものが好きなので、本章の展示は好感が持てた。
◆円覚寺の名品
展示室2のケース内にソロ?で展示されているのは【青磁袴腰香炉】(重文)、好きな南宋の青磁、凛とした気品ある優品だった。
◆大用国師・釈宗演老師大遠忌関係 特別展示
日本が新たな時代を迎えた2019年は、副題のとおり、円覚寺にとって重要な僧侶二名の大遠忌にあたる。記念の本特別展が東京で開催されたのは嬉しい。展示室3には両名に関する展示がされていた。
誠拙周樗(大用国師)は伊予国宇和島出身で、江戸時代に寺勢が衰えていた円覚寺を改革した中興の祖、詩歌や書画・茶道の造詣も深く、松平不昧、伊達宗村、円山応挙らと交遊したという。
本章には、【誠拙周樗頂相(誠拙周樗自賛)】や【寒山拾得(誠拙周樗自賛)】(宝林寺)などが、展示されていた。
福井県に生まれた釈宗演は、福沢諭吉や山岡鉄舟らの助けを得てセイロンに渡って仏教原典を学び、国内外の著名人と関り、「禅」を「ZEN」として欧米に伝えた。誠拙周樗同様に、豪胆でカリスマ性あふれる性格の人物だったらしい。
【墨跡 七仏通戒偈】は、上部にセイロンのバーリ語(シンハラ文字)、下部に漢文で、偈文が記されている。
◆円覚寺の華厳禅と舎利信仰
タイトルのとおり本章には、仏像や仏画などが展示されていた。
円覚寺の本尊は宝冠釈迦如来、本展覧会にはこの仏像が円覚寺塔頭の白雲庵および建長寺・雲頂庵から計3点出展されていた。白雲庵所蔵仏は鎌倉市文化財、建長寺所蔵仏は重文に指定されている。この仏像の特徴は身に着けた装飾品、今回も宝冠や首飾りに注目した。
高校日本史の教科書にも登場する義堂周信の筆になる【華厳塔勧縁疎】は重文、展覧会図録の写真では分からないが、本作には足利義満・足利氏満・斯波義将のほか、義堂の師である夢窓疎石門下の高僧が名を連ねている。
この上の壁面に展示されていた【円覚寺境内絵図】(重文)には、寺域の境界を示す朱線上に上杉重能(足利尊氏・直義兄弟の従兄弟)の花押が5箇所据えられている。
やはり日本史の授業で触れられる国宝・円覚寺舎利殿に関する展示もされていた。
【仏牙舎利記録(附仏牙舎利縁起・舎利講式)】には、源実朝が宋の能仁寺より請来した仏牙舎利(釈迦の歯)が円覚寺舎利殿に遷されるまでのいきさつが述べられている。
【観音菩薩立像】【地蔵菩薩立像】は舎利殿内に安置されている仏像、南北朝時代の作で市文化財に指定されている。
【観音菩薩立像】(重文)は縁切り寺として有名な東慶寺所蔵、元来は鎌倉尼五山第一位・太平寺仏殿の本尊だった。鎌倉尼五山については今回初めて知ったが、東慶寺以外は廃寺となり現存していない。円覚寺舎利殿も元々はこの太平寺の本殿で、永禄6(1563)年に円覚寺が焼失した後に移転されたものである。
正面には舎利殿の写真が展示されていた。
◆鎌倉宋朝禅の蘭渓道隆と無学祖元
本章には鎌倉禅林における重要人物、蘭渓道隆と無学祖元の坐像や頂相・墨跡などを展示、他所で見たものも多分にあった。
中央に展示されていた無学祖元所用の【丹地霊芝雲文金襴九条袈裟】(重文)も過去に見ているかもしれない。
【蘭渓道隆墨跡(法語・規則)】は国宝、ゆかりの建長寺が所蔵している。
【無学祖元墨跡(偈)】も国宝に指定されている。
◆大陸文化との交流 ① 彫刻・絵画
【白衣観音図】(鎌倉市文化財、建中寺)はソファに座った貴婦人のよう、華やかな装飾も心に残った。
円形のフレーム?の中に描かれた【虚空蔵菩薩】(重文)はカラフルで、翻る天衣の動きも軽やかだった。
◆大陸文化との交流 ② 書跡・青磁器・漆器
【仏日庵公物目録】(重文)は、所々に書き込みや書き足しがあり、臨場感が感じられる。
本章にも私が好きな中国製青磁が展示されていた。数年前までは材木座海岸で磁器破片を拾うことができたという。気品ただよう【青磁算木文香炉】(黄梅院)には修理の跡が見られるが、金継ぎかどうか自分には分からない。
◆草創期絵図 パネル展示
古文書や絵図のパネルが展示されていた。オリジナルは重文に指定されている。
◆円覚寺派の展開
本章には、仏像・頂相・彫刻などを展示、当日のメモによると軸棒などにも注目したらしい。
【高峰顕日坐像】(正統院)、【夢窓疎石坐像】(瑞泉寺)、【東明慧日坐像】(白雲庵)はいずれも重文、【明岩正因坐像】(正伝庵)は鎌倉市文化財に指定されている。各像とも非常にリアルで、袈裟にも環にもデザイン性が感じられた。皇室に生まれ無学祖元の法嗣となり門下に夢窓疎石らを輩出した高峰顕日(仏国国師)の晩年の風貌を完璧に捉えた坐像の作者・院恵についての詳細は不明とのことだが、名前からして院派の仏師なのだろうか。
【地蔵菩薩坐像】(重文、浄智寺)【十一面観音坐像】(県文化財、正宗寺)は気品ある仏像だった。
雪村周継作品も展示されていた。カラーの【滝見観音図】(個人)は県文化財、【芙蓉小禽図】(神奈川県立歴史博物館)【蘿匐図】(禅文化研究所)は私好みだった。
やはり個人所蔵の【山水図】【善導像】は如水宗淵の筆、室町時代の作品とのことだった。
映像ギャラリーでは『禅の道 修める志』がリレー放映されていた。
≪感想≫
日本を代表する名刹・円覚寺の伝わる数々の至宝を東京で見られた感激は計り知れない。大好きな仏像のほか、歴史上有名な人物ゆかりの史料も多数展示されていて、日本中世史を専攻された今上陛下の御代のスタートに相応しい、非常に見応えのある内容だった。
円覚寺にも、他の禅寺にも、行かれる見通しは立たないが、それが実現した時の感動をより大きくするために、本展覧会で学んだことを未来につなげていきたいと感じた。
≪補足≫
例によって日常の諸事に追われて記事がまとめられないまま時が流れていった。その間、本展覧会を鑑賞した時は思いもよらない事態となった。2020年に入る少し前、新年こそは展覧会の記録等をリアルタイムに記そうと吉川弘文館の「歴史手帳」を購入したが、ほとんど書くこともないまま一年過ぎてしまった。
本展覧会よりちょうど一年が経過した時、自分の職場もテレワークが導入された、この約1か月半の間は、商業施設は閉まり各種イベントも中止となり、自宅で過ごすしかなかった。往復の通勤時間帯や昼休みは通常の平日では不可能なプライベートにあてることができたので、この時間帯と休日は、撮りためた映画やドラマを見たり、ブログ原稿の執筆にまとめて取り組んだ。
過去に見た禅や茶の湯などに関する企画展の記事もまとめた後、今回本稿に取り組んで、共通事項を数多く見出せて新たに触発された。執筆にあたっては地元図書館を通じて展覧会図録を借りたが、誠拙周樗や釈宗演・鎌倉尼五山など、新たな発見もあり、自分にとっては非常に有意義な企画展だったことを再確認した。時代のスタートの思い出の一つとなったこの貴重な機会を今後に生かしていきたいと思っている。
新型コロナウィルスとの闘いが続く中、一日も早い終息を祈る気持ちも含めて、本稿アップした。当日出会った至宝の数々と再会できる日が訪れることを切望してやまない。