2019年 01月 07日
並河靖之 七宝
[副 題] 明治七宝の誘惑-透明な黒ま感性
[見学日] 2017年2月17日(土)
[会 場] 東京都庭園美術館
表記展覧会はおそらく新聞広告で知ったと思う。国立博物館のような大規模な告知はしていなかったので、知らずに見過ごしていた可能性もある。
並河靖之(1845年~1927年)の七宝作品にはひとかたならぬ思い入れがあるので、情報を得られたことを神様に感謝する。
会場となった「東京都庭園美術館」はかつての旧朝香宮邸、自分にとってはいくつかの忘れがたい思い出がある場所である。見学中の窓から見る庭園が美しかった。
並河靖之は武州川越の武家の出身、久邇宮朝彦親王の坊官となるが、激動の時代の中、生活のために七宝の未知に入る。後には国内外の博覧会等で高い評価を博した。
本展覧会では下記の6章で構成されていたが、図録が展示リストの順番通りではなく区切りも展示室も分からないので、当日のメモの通りに記します。作品名後の()内は所蔵元です。
1章 並河七宝の始まり
2章 挫折と発展
3章 並河工場画部
4章 明治七宝の系譜
5章 円熟 文様の先へ
6章 到達 表現のあくなき追及
【鳳凰文食籠】(並河靖之七宝記念館)から見学開始、モノクロームの【下図 「四季花鳥図花瓶」】(中原哲泉作、中原顯二)はモノクロームだが精緻な描写に驚嘆した。
そしていきなり目に入ってきたのが、自身にとっての並河ベスト作品【四季花鳥図花瓶】(宮内庁三の丸尚蔵館)、≪皇室の名宝(日本の華)≫展での初対面?以来、思い続けていた名品との感激の再会、この喜びは計り知れない。
2階へと上がる
初期の頃の作品には、正直言って後年のような洗練はまだ感じられないが、【若松鶴文合子】(並河靖之七宝記念館)や【龍文香合】(清水三年坂美術館)など、心惹かれる作品は何点もあった。小さいが見事な作品が多かったように思う。
一方で【百花文七宝大皿】(名古屋市博物館)は大きく華やか、これは見たかもしれない。
もう一人の「ナミカワ」こと濤川惣助作【菊花図花瓶(一対)】(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)は、白地が実に美しい上品な逸品だった。
博覧会で受賞した並河は横浜の横浜ストロン商会と特約を交わし、事業も軌道に乗りかけたが、契約が途中で破棄され、窮地にたたされる。しかし協会側の計らいで東京を訪れ第二回内国勧業博覧会を見学した並河は、少人数による新たな工房体制を整えて再起をはかった。
以降の発展は目覚ましく、この時期に制作された展示作品は目を楽しませてくれる。
【菊唐草文花瓶(一対)】(東京国立博物館)、【蝶に花丸唐草文飾壷】(京都国立近代美術館)など、並河らしい作品が続く。煙草入れや香水瓶・小花瓶など小振りの作品は、精緻な造形に驚嘆させられた。
1889年のパリ万国博覧会で金賞牌、翌年の第三回内国勧業博覧会で妙技一等賞牌など、国内外の博覧会で受賞を重ね商業的にも成功を納めた並河は、京都に邸宅を構える。ここには外国のVIPを訪れた。【芳名帳】(並河靖之七宝記念館)は1892年~1903年と1904年~1930年の2分冊、英国のエドワード皇太子など3000名以上が記載されている。私は並河と対面し敬愛の情を厚くしたエリザ・R・シドモアとハーバード・B・ポンティングの回想録を読み、自身も京都旅行時に足を運んだ。
高い評価を受ける一方で意匠についての指摘も受け、変化がみられるようになる。
目の前には絶頂期の作品や下図が並ぶ。アール・ヌーボーや正阿弥勝義の作品が脳裏をよぎった。
【雀茗荷野菊花瓶】(明治神宮)は落ち着いた緑地が印象的、空間の絶妙な使い方とモティーフの配置に惹かれた。
一方で、並河作品といえばやはり黒、清水三年坂美術館所蔵の【花鳥図飾壷】【花鳥図花瓶(一対)】【花鳥図飾壷】など、シックな黒地の素晴らしい展示が続いた。
下図等の作品には、本稿最初に記した中原哲泉(1863年~1942年)の名が何度も登場する。この人は並河工房の工場長で、並河から右腕として重用され、多くの下図を描いた。
1900年のパリ万国博物館を境に、七宝を含めた工芸品の輸出が減少する。並河は勲章制作を請け負ったり、風景の写しを制作しながら、成熟した作風を確立していく。
しかし、時は確実に変わっていったのだろう。関東大震災の2カ月前の大正12(1923)年7月、並河は工場を閉鎖し、時代が昭和に移った1927年に生涯を閉じた。
展示のフィナーレを飾る作品も大変素晴らかった。
並河靖之七宝記念館所蔵の【藤蝶文丸皿】【藤蝶文丸皿】などに惹かれた。同館所蔵の【近江八景堅田落雁角皿】 【近江八景粟津晴嵐角皿】は、青と白の釉薬のみ使用し、グラディエーションで景勝地を見事に表現している。鮮やかな【五重塔風景文花瓶】は背景上部の緑から薄いピンクへのグラディエーションが印象的だった。
【楼閣山水図香炉】(東京国立博物館)は淡茶色の背景に金の植線で山水画を描いている。文字通り、一幅の絵のようだった。
【桜蝶図平皿】(京都国立近代美術館)は、この作品に初対面した頃、すなわち並河ら帝室技芸員を知り急激に傾倒していった頃が、懐かしく思い出された。
ラスト近くに展示されていた【貼り交ぜ屏風】(並河靖之七宝記念館)は、国内外の博覧会で受賞した賞状を貼り交ぜたもの、並河の足跡を伝える貴重な史料として、作品と同様に感銘深く見た。
見学の途中、休憩を兼ねて館内のカフェで軽くお茶をし、また放映されていた『並河靖之の有線七宝技法(吉村芙子氏監修』を見た。
≪感想≫
近年魅了されている帝室技芸員の中でも個人的には特に評価している並河靖之の作品を、一度にこれだけ見られた喜びと感激は計り知れない。旅行が事実上不可能となっている現在の自分にとっては、並河靖之七宝記念館や清水三年坂美術館の作品を東京で見られたことは特に嬉しかった。
最大のサプライズはもちろん【四季花鳥図花瓶】との再会、言葉には言い表せない。入口近くに展示されていたので、閉館時間ギリギリまで作品の周りを何度も回り、繰り返し鑑賞した。館を出る時も何回か振り返った。
本日出会った作品、特に【四季花鳥図花瓶】との再会を、心待ちにしている。
なお、会場となった「東京都庭園美術館」は最近、テレビ番組で特集された。見どころは随所にあるがこれまでしっかり見て来なかった。次回出向いたら、建物もしっかり見てきたい。