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浮世絵師のコラボレーション空間(ロバート・キャンベル氏講演会)

先述したとおり、静嘉堂文庫美術館での小林忠先生の講演会が聴講できなかったので、ロバート・キャンベル先生の講演は何としても拝聴したかった。念願かなった喜びは計り知れない。

 当日の3月10日は土曜日、現在の自分はスパン勤務で定期的に土日祝祭日出勤があるが、幸いこの日は休みがとれた。奇しくもこの日は、東京の下町一帯が焦土と化した東京大空襲から73年目、江戸の文化を堪能できる平和な時代の意義を痛感する。


 午後1時15分より整理番号順に入場したが、私は貰った番号が後の方だったので会場内にはもう席が少なく、わずかに空いていた後方に着席した。


 1時30分より講演開始、数多くのテレビ出演などで人気を博している東京大学名誉教授・キャンベル先生の優しく親しみのある語り口に、参加者は熱心に聴き入っていた。

 自分も直にお話を聴くことができ、感激した。しかし、悲しいかな、年度の切り替えの慌ただしさでで早期に感想をまとめることができず、その後今日までの忙しさも尋常ではなく、細部の記憶が薄れてしまっている。よって以下の記述には記憶違いもあると思いますが、ご了承ください。


 キャンベル先生は、本展覧会の主役・国貞や、葛飾北斎など、浮世絵師について語られた。浮世絵が大変お好きということで、大学者と価値観を共有できていることを嬉しく思った。


 講演では、「浮世絵師が身を置いた不特定多数の人がいる空間」として、書画会について特に熱く語られた。

 1792年の万八楼の書画会、式亭三馬や歌川豊広が参画した1802年の 川楼の書画会などについて触れられた。

 当日のメモには「画帖 扇面の儀、かたく...」「三浦派」といった記録があるが、恥ずかしながら内容が思い出せない。

1811年3月12日の中村楼での式亭三馬の書画会には、前日より山東京山や摺師・版元ら多くの人が会場に集まっていたという。既にデビューしていた26歳の国貞も師匠・初代豊国と共に世話役をつとめている。余談だが、この中村楼は両国にあり、国貞には馴染みの料亭となったようで、後に彼の古稀の書画会も開催された。写真も残っている。

浮世絵師はこのような共同社会に身を置いていたとキャンベル先生は語られていたように思う。

書画会の準備に要した時間、連絡役などに子どもを使う、実際に会場に足を運ぶ、これらが貴重な副産物を生んだと話された。

個人的には、河鍋暁斎が書画会の様子を描いた作品に大きな感銘を受けている。多くの人が集い、会場の熱気が伝わってくるようで、国貞作・中村座の楽屋絵と共通するものを感じる。

今回、キャンベル先生のお話を聴いて、より関心が高まった。私の住む地には江戸時代、番付の上位にランクインする料亭が何軒もあり、そこで当時の人気浮世絵師が書画会を開いたことは充分考えられる。今後は浮世絵とあわせて、書画会にも注目していきたい。


上記の他、幕末~明治初期に日本を訪れた外国人についても語られた。

 西郷隆盛の肖像を描いたことで知られるキヨソーネは、ジェノバに書物を1000点以上持ち帰ったという。内容は娯楽用の絵本や実用の絵手本とのことだった。

 他に、暁斎の弟子でもある建築家コンドル、お雇い外国人チェンバレンなどについて話された。

、『Dr.クロワッサン』と中野三敏氏についても触れられたようだが、こちらの内容は思い出さない。


 世界最古の美術雑誌『国華』についても語られた。現在の主管は小林忠先生、本展覧会の後、上野で特別展が開催された。


 キャンベル先生の講演が終わった後、当館・河野元昭館長が登壇され、定刻終了まで共に語られた。今回展示された当館所蔵の国貞作品を紹介した図録『歌川国貞』は既に品切れとのこと、国貞ファンになって間もない頃に当館で開催された展覧会を見に来て購入しておいて本当によかった。


 全て終了した後に、わずかながら先生とお話することができて、とても感激した。

 この後にも、各所で精力的に講演活動をこなされている先生、いつか再びお目にかかれる日が訪れることを切望してやまない。



by nene_rui-morana | 2018-08-25 21:54 | 講演会・講座(含 回想) | Comments(0)

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