迎賓館赤坂離宮 見学 ※平成30年5月18日①

 平成30年5月18日金曜日、また一つ年齢を重ねる。毎年この時期は、職場では前年度の決算や新年度準備などがたてこみ、年に一度の大切な日の過ごし方の計画をたてる余裕がない。以前には直前のGWにほぼ毎年旅行に行っていたのでそれが代替?になったが、今は遠出が不可能な生活環境となっている。

 今さら祝う年でもないが、大雨にでもならない限り、この日を通常とおりに過ごしてはやはり悔いが残りそうなので、振替休暇をとって都内のかねてから行きたいと思っていた場所に足を運ぶことにした。


 朝食をとり、11時少し前に自宅を出発、バスと地下鉄を乗り継いで四谷で下車、予約を入れた最初の目的地・迎賓館赤坂離宮を目指す。今より少し若い頃、この地の語学スクールに一時期通っていた。当時はJR線を利用し、記憶に残る町並みとはずいぶん変わったように思うが、それでもやはり懐かしい。

 駅で聞いたとおりに進むと、ほどなく前方にあの瀟洒な正門と建物が見えてきた。

 西門に回り、手荷物検査を受けた後、第2事務棟内のロッカーに荷物を預け、案内のDVDを見ながら汗をとり、本館へと向かう






 迎賓館赤坂離宮は、私の祖父が生まれた明治42(1909)年に東宮御所として建設された。大学在学中、今は亡き大学の先生から「昭和天皇ご夫妻がお若い頃に一時期住んでいたのが赤坂離宮、今の迎賓館」と教わった。それから遥かな歳月を経て一般公開されるようになり、ニュース等で放映される度に、ぜひ自身で訪れたいと思ったが、近すぎたこともありずっと後回しとなってきた。今回ようやく、実現と運びとなり、喜びは計り知れない。


期待に胸をふくらませて、本館内へと入る。館内は写真撮影ができないので、カメラはウェストポーチにしまった。

タイル、白壁、内装は実に上品でうっとりとさせられる。

 少し進むと、右手には正面玄関、その向こうには前庭と正門、玄関ホールの市松模様のタイルも印象的だった。右手を見上げると中央階段は2階へと続く。自分は今生では赤絨毯を踏んで階段を上がることは100パーセントありえない。

 少し先の螺旋階段で2階へと上がる。窓にかかるレースのカーテンが繊細で美しい。窓外の新緑の景色も清々しい。


 解説アナウンスを聞きながら、待望の【花鳥の間】へと入る。名前は天井画や壁の七宝焼のテーマに由来する。公式晩餐会が催されるのはこの部屋、記者会見にも用いられる。想像していたよりは狭く感じたが、おそらく自分の中で宮中晩餐会の映像と混同しているのだろう。

 出迎えてくれたのは1125Kgもある豪華なシャンデリア、左に目をやると壮麗な大食器棚、自分の姿も鏡に写っていた。棚の左右を飾るゴブラン織風綴錦織は西陣の綴錦織、こちらは改修の時に新たに作られたという。

 壁を飾るの楕円形の七宝焼きは、渡辺省亭の下絵による帝室技芸員・濤川惣助の作品、本日の最大の目的はこの名品をこの目で見ることだった。かなり以前にテレビ番組でこの作品のことを知り、その後も何度か関連番組で接する機会があり、ぜひ見たいと思っていた。自分にとっては記念する日に夢が叶い、感激もひとしお、参観路?はロープで仕切られているため一部の作品はかなり遠くからの鑑賞となったが、やはり素晴らしい。個人的にはもう一人のナミカワ、並河靖之の有線七宝作品が好みだが、絵画と見まごうばかりの濤川の無線七宝も大好きである。毎度のことながら、作品の素晴らしさは拙い文章では表現できず、ご自身で御覧下さいとしか記せない。 

 天上の油彩画も見事、じっくり見ていたら首が疲れそう、ヴァチカンに行った時のことを思い出した。

 調度、室内装飾、全てゴージャスだが、落ち着いた雰囲気で見る人を疲れさせることはない。

 各所にはボランティァガイドの方がいて、いろいろ解説していただいた。晩餐会でふるまわれるお料理は下階で準備されるとこと、東宮御所時代は1階が皇太子一家のプライベート空間で公的行事は2階で行われたという。


 次いで入ったのは、正面玄関の真上にある【彩鸞の間】、条約の調印や首脳会談などに用いられる。部屋を飾る「鸞」とは中国の霊鳥で鳳凰の幼鳥ともいわれ、東宮御所として建設されたのでこのモティーフが使われたともいわれる。

 この部屋は、赤を基調とした椅子やカーテンかに印象的だった。

 壁には10枚の大鏡、レリーフには和様の様々な武具がモティーフに用いられている。


 小ホールでは、以前に飾られていた金華山織を触ることができた。


 【羽衣の間】にはベンチが置かれ、足休めができた。

由来は謡曲「羽衣」の景趣を描いた天井画、かつては「舞踏室」と呼ばれていたが、ここで舞踏会は一度も開かれていない。しかし、室内にはオーケストラボックスがあり、壁面のレリーフには西洋の仮面や和様の楽器などのモティーフが組み合わされている。当館最大の豪華なクリスタルのシャンデリアもこの部屋を飾るに相応しい。

 ここでは晩餐会の招待客の食前酒がふるまわれる。

 「御署名簿」も展示されていた(オリジナルかレプリカかは確認しなかった)。


 大ホールには紫斑紋が美しい大理石の大円柱8本が並ぶ。

向こうの【朝日の間】は、現在は改修工事中で見られない。扉の左右の壁には小磯良平が描いた油彩画「絵画」「音楽」が飾られている。

 

 本館を見学している間は、まさに絶対王朝期のヨーロッパの王侯貴族になったような気分だった。

 当館が竣工した時、明治天皇は「贅沢すぎる」と不快感を示されたともいわれているが、100年を経た現在、明治期の建築・美術の総力を結集した国宝となっている。各国のVIPをおもてなしするに相応しい、日本が世界に誇る名建築である。技術面も素晴らしく、関東大震災にも耐えた。太平洋戦争中は焼夷弾が屋根を突き破ったこともあったそうだが焼失は免れた。

 今回の見学で、大好きになった。『ベルサイユのばら』と共に成長した世代の自分はもちろん、幼い頃はマリー・アントワネットのようなドレスを着て豪華な王宮で過ごす生活に心底憧れた。当然ながら現在は、豪華絢爛過ぎて落ち着かずプライバシーのない宮殿の生活には耐えられないし、体力も筋力も落ちているので重く動きにくいドレスの着用は頼まれても御免被りたい。

 行事や工事の時を除いて当館が通年開館となって、本当にありがたい。自分にとって特別な日などにここを訪れて、夢の空間で疑似体験できれば、それで充分である。


 名残は惜しかったが、多少の疲労感・空腹感を覚えたので、残影をしっかりこの目に焼き付けて本館を出た。



 主庭に回り、カメラを出して本館裏手や噴水などを撮影、庭園も建物に劣らず素晴らしい。5月の新緑がまぶしく爽やかだった。

 旅行が難しくなり自分が被写体とならなくなって久しいが、本日は近くの方に頼んで何枚かシャッターを押してもらった。

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 ロッカーの荷物を取り、前庭へとまわり、ここでも何枚か写真撮影、あらためて迎賓会の素晴らしさを実感した。

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 前庭では売店やカフェも出ていた。喉がかわいていたが午後の陽光が照りつける屋外のテーブルなので今回は見合わせ、記念のクリアーファイルとマグネットを購入した。

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 この後も予定を入れているので、本日の見学はここで切り上げることにして、正門へと向かった。

 本館の間取りに関する資料が手元にないので、本稿も細部の記憶違いや外せない内容の遺漏があると思う。

 朝日の間の工事が完了したら、和風別館とあわせて、必ずまた訪れ、より詳しい見学記をアップしたい。


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by nene_rui-morana | 2018-05-27 17:36 | 明治維新150年関係 | Comments(0)