没後100年 小林清親展

[副 題] 文明開化の光と影をみつめて

[見学日] 2015年5月6日(水)

[会 場] 練馬区立美術館


 近年とみに魅了されている最後の浮世絵師・小林清親、今年は没後百年目の節目の年にあたり、複数の展覧会やテレビ番組でその作品が紹介され、あらたな注目を集めている。
 表記展覧会には関心を寄せてはいたが、自宅から遠いので行くか否か迷っていた。しかしやはり清親の作品は見ておきたいので、GW中に何とか時間を確保した。
 当日は午前中に表参道の根津美術館で尾形光琳の至宝2作品を堪能した後、近くで昼食をとって現地へと向かった。
 これまで練馬区に足に運ぶ機会はあまりなかった。10代の頃は埼玉に住む従兄の家に遊びに行く往復に通ったが互いに大学に入った後はそれもほとんどなくなり、豊島園に行ったのも一度だけ、当然ながら会場の練馬区立美術館も今回が初めてだった。最寄り駅から程近い公園の中にあり、階段を上がって2階のエントランスから入場した。
荷物をロッカーに預け、チケットを購入して上階へと向かう。踊場の壁面には本展覧会の目玉【獅子図】が展示されていたが、これは前期のみで残念ながらオリジナルは見られなかった。さらに進むと前面に現れたのはポスター等に使われた巨大な【東京新大橋雨中図】、ここまで拡大しても遜色はない。水面とそこに映る橋や船の影、女性の赤い襦袢や下駄などが、強い印象を与える。俄然期待が高まりつつ、会場内へと入った。
※今回は所蔵先の記載は省略させていただきます


第一章 光線画
 第一章には清親の代名詞ともなっている「光線画」を展示、最近特に魅了されている作品なので、喜びに胸躍られながら見て行った。
 このコーナーには、<街><水><空>などの副題がつけられ、それぞれを描いた作品が展示されていた。順番は覚えていないので、順不同に記載させていただきます。

 スタートは明治9(1876)年制作の【東京江戸橋之真景】、人々の装いには江戸の名残りが感じられる一方、後方の近代建築は新たな時代の訪れを伝えている。
 そしてポスター等にも使用されている【東京新大橋雨中図】も登場、文句なしに清親作品を、ひいては明治版画界を代表する逸品だろう。



 雪景色が美しい【小梅曳舟通雪景】の舞台は現在の都内墨田区・東京スカイツリーの近くで、本所の御蔵屋敷で生まれた清親のいわばご当地、清親は他にも移り行く生地の景観を作品に残している。【梅若神社】の土砂降りの雨の表現が与える印象は強烈、泥がはねる足元の様子も伝わってくる。
【東京名所真景之内如月 待乳山雪の黄昏】は三枚続の大作、構図を見てすぐにお気に入りの葛飾北斎の【御厩川岸より両国橋夕陽見】が頭に浮かんだ。清親は余白をたっぷり使い、雪の情景を味わい深く描いている。
 【堀切花菖蒲】【亀井戸藤】も生地に程近く現在も残る花の名所を描いたものである。

【東京銀座街日報社】以降も、時代を伝える作品が続く。枠外に記されたタイトルには、やはり好きな初期写真との共通点を感じた。【従箱根山中冨嶽眺望】【薩た之富士】も古写真を見ているようだった。
 個人的には【両国雪中】【駿河町雪】【川口鍋釜製造図】などが気に入った。【第二回内勧業博覧会内五角堂】【第二回内勧業博覧会内博物館噴水】は、頭の中で現在の上野と比べつつ鑑賞した。
 【箱根三枚橋雨】からは、稲妻と雷鳴が伝わってくる。

 清親作品の醍醐味は何といっても、光と影のコントラストの絶妙な表現、夜を描いた作品は清親の真髄の結晶、ほとんどの作品は過去に見ているが全て気に入り、夢中で見て行った。光源?も、提灯や花火、月明かり、家の明かり、蛍、そしてガス灯と、実に多彩である。
 【九段坂五月夜】を見て、レンブラントの作品を思い起こした。

 <武蔵百景之内>シリーズは、それまでの光線画と異なり江戸の面影が濃い作品群だが、版行された明治中期には古臭いと捉えられ、不評により中止になったという。120年が経過した現代では、江戸情緒あふれる味わい深い作品として心に迫るものがある。
 <日本名勝図絵>シリーズは、一目見て分かるとおり、広重へのオマージュ作品、これが清親にとって最後の浮世絵木版(錦絵)揃物作品となった。

 清親作品には、傘をさした後ろ向きの人物が数多く登場する。特に女性は見る者に強い印象を与える。これはおそらく、清親自身が好んだモチーフなのだろうが、同時に自分は、清親は自身の作品は(人物画が上手くないという意味ではないが)人物の顔を描くより後ろ向きや傘で顔を隠した方がより味わいが出ると感じていたのだろうと思っている。
 また、清親の水面の描写は群を抜いている。先輩格の月岡芳年の水の表現も絶品だが、清親は多くの時間帯の水面を多彩に描き、見る者の郷愁をそそる。

 明治14(1881)年の1月と2月に大火災が発生、清親は写生に熱中し、1月の火災の時はその間に自宅が全焼したという逸話が残る。会場にはこの時のスケッチをもとに描かれた大火とその焼跡の様子を伝える作品も展示されていて、ジャーナリストとしての清親の一面を見た。戦後70年の今年は空襲とその後の惨上が重なる。同時に自分は、学生時代に国語の授業等で接した「宇治拾遺物語」中の「絵仏師良秀」や芥川龍之介の「地獄変」を思い出した。前者はおそらく、清親も知っていただろう。写実描写を極めるため、全てを忘れ捨て去り命を惜しまず自らの筆で記録するのは、絵師の業なのかもしれない。【伴大納言絵巻】の作者もあるいは、そんな体験をしてあの応天門炎上のシーンを描いたのかもしれない。

 【猫と提灯】は本展覧会の目玉の一つ、実は自分は少し前に他所で対面していた(記事アップはいつになるか分かりません)。自分は今年初めて知ったが、明治10(1877)年の第一回内国勧業博覧会に出品され好評を博した清親の代表的な動物画、文句なしにこの時代を代表する逸品といえるだろう。本展覧会では版木や順序摺りも展示されていた。知らずに見たらこれが版画だと分かるだろうか。彫師、摺師、共に非常に腕の良い職人が制作に携わったそうで、清親の意気込みも感じられる力作だった。


第二章 諷刺画・戦争画
 今日、小林清親といえば何をおいても「光線画」が思い起こされるが、浮世絵の衰退や時代の潮流により、10年ほどでその世界を離れている。以後は活動の場を、新聞の諷刺画や戦争画に移していく。今回はこのジャンルの作品も展示されていて、個人的にはこちらにも興味をそそられているので嬉しかった。
 清親の諷刺画は、前代を踏襲しつつ自身が生きる時代を取り入れて、光線画とは違った意味で見応えがある。一時期在籍していた『団々珍聞』は以前から関心を寄せていたが、研究書等が多くないので、今回清親作品が掲載されたオリジナルを見られた感激はひときわ大きかった。できれば現存する全紙を見たいと思う。明治19(1886)年の525号に掲載された【から美凧空の賑ひ】は時の政治家の似顔絵を描いたものだが、歌川国芳の俳優の似顔絵作品が思い出された。


第三章 肉筆画・スケッチ
 この章の展示は1階の展示室だったと思う。展示の中心は最近大量に発見されて新たな注目を集めているという肉筆画、美術書等では掲載されていないものが多く、貴重な機会をものにできてこちらも嬉しかった。
 生地・墨田を描いた【両国】や【柳島】は、光線画の時代とは画風が変わっているが、晩年まで清親の筆力は衰えていなかった事実が伝わってくる。
 【写生帖】と【清親自画伝】は、近代を代表する美術作品であると同時に、貴重な歴史史料といえるだろう。御子孫の御好意で、全編を収録した解説入り写真集が刊行される日がくることを切望している。
 印章も展示されていた。清親作品は、署名や落款がバラエティーに富んでいた。


[感想]
 今年が清親没後百年目にあたることを昨年知り、おそらく何らかの特別展が開催されるだろうと期待していた。予想にたがわぬ見応えのある内容で、大変感激した。自宅からは少々遠かったが足を運んで良かったと感じている。
 例によってひと通り見た後も、心に残った作品を中心に再度見直した。間違いなく小林清親は近代を代表する絵師である。日本史の教科書等で横山大観らと同等に扱われる日がくることを願ってやまない、
 我が家の書架はとっくに限界を超えているので大変迷ったが、図録を購入した。館内に本展覧会の記事がのった新聞記事が紹介されていたので、帰宅後の再勉強のため、紙名と日付をメモし、2か所の展覧会見学で疲れ切った足を少々休めた後、家路についた。

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by nene_rui-morana | 2015-06-24 21:11 | 2015年 | Comments(0)