法隆寺-祈りとかたち

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     [見学日] 平成26年6月14日(土)     [会 場] 東京藝術大学大学美術館


 4月に父が亡くなってから、美術館見学を含めて娯楽は全面的に自粛してきた。
 七七日の法要を済ませ、6月に入ったのを機に、少しずつ復活していくことにし、最初に足を運んだのが標記展覧会、今の自分には相応しい内容だと思った。
 少し前に同館で開催された興福寺の展覧会が大変素晴らしかったので、本展覧会も楽しみにしていた。ただし当然ながら、展示替えがあったが複数回足を運ぶことはできなかった。
 土曜日で会期終了間近ということもあり、かなり混雑していて、ロッカーの空き待ちに少々時間がかかった。

   *今回は見た順番に記載します。

[第2章]法隆寺と東京美術学校
 スタートは【扇面法華経冊子断簡】、重文に指定されている名品である。
 【五尊像】(重文)の中には空海も見られた。自身で法隆寺を訪れた時、空海信仰を伝える文化財を目にした記憶がよみがえった。退色しているが、衣装のデザインや色彩・ポーズも大変美しかった。
 【十六羅漢図】(重文)は、描かれている調度や山羊?(他の霊獣か)に注目した。
 多くの人物を多彩に描いた【釈迦十六羅漢図】は私好みの作品、【孔雀明王像】(重文)は10代の頃に昼食代を削って購入した写真集でその存在を知った思い出の作品だった。
 奈良の古寺と当大学の前身・東京美術学校の岡倉天心との関係については、あらためて述べるまでもない。今回は、平櫛田中と前田青邨合作の【聖徳太子像(摂政像)や、高村光雲作【定胤和上像】なども展示されていた。昭和期の当大学在学生の手による【法隆寺金堂壁画模写】や、大正~昭和初期に制作された【香合】や【如意】なども心に残った。


[第3章]法隆寺と近代日本美術
 本コーナーには、近代の画家が法隆寺をモチーフに描いた作品が展示されていた。美術史に名を残す画家が自分と同様に法隆寺から大いなる感銘を受けていたことが実感でき、とても嬉しかった。
 和田英作の【金堂落慶之図】は、自分がその時代にタイムスリップしたような錯覚さえ覚えた。


[第1章]美と信仰-法隆寺の仏教美術
 3階のこの展示室はまさに寺宝のオンパレード、初見の作品、過去に見た作品、それぞれの間を歩きながら夢中で鑑賞していった。仏像はもちろん、水瓶、厨子、香炉、等等、バラエティーに富んだ展示で大変見応えがあった。
 どの作品も素晴らしかったが、飛鳥時代に制作された【持国天立像】【多聞天立像】各二体は、躍動的なポーズとユーモラスな表情で特に心に残った。
 新潟県中越地震復興10年と東日本大震災の復興祈念で出陳された【毘沙門天立像】と【吉祥天立像】(共に国宝)は本展覧会の目玉、多分今回が初対面だと思う。静かな中にも威厳をたたえた風格ある逸品、わずかに残る色彩が往年の華やかな姿を伝えている。何時間見ても見飽きることがない珠玉の名品だと感じた。周囲の多くの人も、様々な角度から入念に見入っていた。


≪感想≫
 展覧会見学復活がこのような素晴らしい内容だったことを、本当に嬉しく思っている。次回、法隆寺に行かれるのがいつなのか、その見通しも立たない現在の自分には、東京にいながら至宝の数々を見られた喜びは計り知れない。
 新潟県中越地震が発生した時は父の運転で外食に向かう車中におり、東京も相応に揺れた。東日本大震災が発生した年に父は入院し、そのまま自宅に戻ることはほとんどなかった。自身のこんな経験も思い重ねながら、諸仏の前に立ち、手をあわせた。
 できればもっと長時間館内に滞在して、よりじっくりと鑑賞したかったのだが、久々の外出で疲労したのか軽いめまいを覚え、冷房にもまだ体が慣れておらず、翌日も仕事が入っていたので、法隆寺での再会に夢を託し、今回はほどほどの時間にとどめることにした。
 では昼食を、と思った時、既に国立博物館友の会の期限が切れていてチケットなしでは入れないことに気がつき、この日は館内のレストランでいただいた。
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by nene_rui-morana | 2014-07-21 13:42 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

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