花開く江戸の園芸 第1期 ②

第2章続き
 渓斎英泉の【当世名物鹿子 商人見世の繁盛】や【歳旦摺物 梅鉢植】、歌川芳藤の【新版植木のはんじもの】、等等、他の絵師の作品にも心に残るものが多数あった。
 【久留米藩江戸勤番長屋絵巻】(狩野勝波筆)には、長屋の小庭で花を育てる江戸詰の武士の姿が描かれている。
 一方で、【浴恩園真景色 第一巻】(酒井梅斎写)は松平定信の庭園を描いたもの、大名家は花屋敷と呼ぶに相応しかったことがうかがえる。
広重の【浅草観世音千二百年開帳】は彼には珍しい国貞風の作品だが、私は気に入った。制作は文政10(1827)年、ということは浅草寺の歴史は天智天皇の前まで遡ることになる。
 鈴木春信の【見立鉢木】も自分には嬉しい展示だった。
 【見立 七福神】(歌川国安筆)に描かれた七人の役者の中には、過去に見た顔があった。
明治に入ってからも、庶民の園芸熱は衰えなかった。明治中期に描かれた揚洲周延の【東風俗福つくし 福寿草】は、後姿の職人などに江戸の名残を伝える一方、男性の帽子などに時代の移り変わりが感じられた。
最近関心をそそられている<有卦絵>も展示、モチーフは福助やおかめなど、見ているだけでも楽しい。国貞の弟子、豊原国周の作品も見られた。歌川国盛(二代)の【丙午歳五月十六日土水性の人うけに入る】には、福助と共に船や富士・二股大根など「ふ」がつくものが描き込まれていた。
 秋の縁日を描いた国貞の【四季花くらべの内 秋】は文句なしに珠玉の逸品、手前にはお馴染みの役者が三名、後方の植木棚には美しい秋の花々が咲き誇っている。
 月岡芳年も登場、作品名は【風歌俳優しのふ】、描かれたのは1862年、若き日の作品である。




第3章 武士の愛した不思議な植物たち
 江戸時代に草花を愛でたのは庶民だけではなく、武士や大名も大いに愛好した。江戸の庶民は現在の一般民も共鳴できるカラフルで美しい花を好んだが、武士階級は≪奇品≫と呼ばれる珍品?を珍重した。
 【日新会 品評会】は前田利保が催した珍種月例品評会の様子を伝えたもの、【草木奇品家雅見】には昨日見た谷文晁も作品を寄せている。
 この後も、珍種を紹介する作品が続く。一枚ものあり、草子あり、刷りもモノクロから多色まで多岐に及んでいる。
 【七福神見立福寿草】はタイトルのとおり、七福神が一人ずつ描かれた七つの鉢に七種類の福寿草が植えられている。あらためて見渡してみると、描かれている草木のみならず、鉢も実に素晴らしい。

第4章 江戸園芸三花-朝顔・花菖蒲・菊-
 花見といってまず頭に浮かぶのは桜、次いで梅だろうが、他の多くの季節の花々も我々を楽しませてくれる。タイトルの三種はその代表格といえるだろう。現在でも、自分も含めてほとんどの日本人は小学生時代に鉢植えの朝顔を育てた経験がある。菖蒲と菊も、季節の代名詞としてその季節には各所で花祭りが催される。本章ではこれらの花々の江戸時代の受容に関する作品が展示されていた。
 【朝顔・蜻蛉図】の画は喜多川歌麿(二代)、寄書には山東京伝や鍬形蕙斎、曲亭馬琴などそうそうたるメンバーが名を連ねている。
 【朝顔美人図】の作者は葛飾辰女だが、多分応為ではないだろう。しかし、さすがに血は争えないと実感する。
 お馴染みの俳句を絵にした【加賀の国 千代女】は、国芳らしい縦二枚の作品だった。
 【百品噺 涼台の団扇ばなし】の画は国貞、文章は万亭応賀、このコラボは自分にとっては最強最高に位置づけられる。特に感動した展示の一つだった。万亭応賀は明治に入ってから、文明開化を徹底的に風刺した『学問の雀』などの作品を数多く発表、その挿絵を我が河鍋暁斎が描いている。その一部は暁斎関係の書籍で紹介されているが、かなり以前から全て見たいと思っている。その応賀が我が国貞ともタグを組んでいたことを知ったことはまさにこの日のサプライズ、特に感動した展示の一つだった。あらためて、変体仮名が読めないのが恨めしい。当館は応賀作品を何点か所蔵しているようなので、ぜひ公開展示してほしい。
 【当世名物鹿子 根岸の笹の雪】【諸国名勝くらべ むらさきの一ともと 本所 上州板はな】で渓斎英泉描く女性は、相変わらず妖艶な色気をただよわせている。背後の朝顔も多彩で表情に富んでいる。
 豊原国周の【花菖蒲浴衣任客揃】では菖蒲をバックに浴衣姿の役者がポーズ、色は似ているが花も浴衣の柄も多彩、役者の個性も光り、師匠・国貞の画風がしのばれる。
 【花菖蒲画賛】と【花菖蒲培養録】の作者・松平定朝は二千石の旗本、幕府の要職を歴任する傍ら、「菖翁」と号するほど菖蒲の育成や改良に情熱を注いだ。天下泰平の江戸時代、趣味の分野で玄人はだしのお武家さんが輩出した典型的な事例といえるだろう。
 ポスターや図録の表紙にも使われた北斎の【菊図】は文句なしに本日の目玉、カラフルに咲き誇る数種の菊は実に見事、細部まで見ていると時間が経つのを忘れそうである。
 【花尽見立福寿草 寿菊】は、団扇のフレームの中に描かれた広重の菊という見る機会の少ない作品、こちらも自分にとっては嬉しい展示だった。
 【百種接分菊】は多分以前見ている。ラストを締めくくるに相応しい、実に素晴らしい作品、咲き誇る様々な菊の花とそれに見入る人々、国芳の筆は会場の熱気まで伝えている。
この下に展示されていた【造花一覧園百種】は菊細工のチラシ、染井巣鴨周辺の植木屋26軒が趣向を凝らした広告絵を寄せている。他にも、引き札やしおりなどが展示されていた。


終章
 時代が明治になると、品種改良(これにも江戸時代の園芸が役立っているという)された薔薇が輸入され、以後今日まで不動の地位を保っている。私もこの花は大好きである。勝川春好(二代)の【薔薇図】は文化文政年間に描かれた貴重な作品とのことだった。
 国貞の【三代目岩井粂次郎の三浦屋の太夫】はゴッホの代表作【タンギー爺さん】の背景に描かれていることで有名な作品、ゴッホは国貞の浮世絵を大変好んだという。
 ラストを締めくくったのは、多分過去に見たことのある【亜墨利加之商人小樹之桜を求て大に歓喜之図】、作者はもちろん歌川貞秀、本日は彼の作品も大いに堪能できた。


[感想]
 本特別展では、我が歌川国貞の作品がこれでもかというほどたくさん見られて、文字通り感動と興奮の連続だった。国芳ら他の絵師の作品も素晴らしかった。大好きな花々を描いた大好きな浮世絵に囲まれ、しばし夢心地だった。タイトルの下に作品を解説した短文を添えた演出にも好感が持てた。
 江戸ブームの兆しが見え始めた頃、江戸時代のガーデニングは世界的にも特筆に値するものだったと知ったが、本展覧会でそれを確認できた。江戸の絵画や歴史のみならず、植物学を専攻する人にとっても、有意義な内容だったと思う。自身も花の勉強をさせていただいた。江戸っ子は気が短かったといわれるが、しかし今よりは時ははるかに緩やかに流れていたとも感じた。
 多忙で季節を感じる余裕がない自分には、展示を通じて四季の移ろいが感じられる貴重なひと時だった。
 もっと長時間見ていたいが、他の用事や体力的なこともあり、後期に夢を託して会場をあとにした。

 なお、時間は短いが、企画展でも興味ある展示がされていた。
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by nene_rui-morana | 2014-04-11 05:43 | 旧展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

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