谷文晁 後期

[副 題] 生誕250周年

[見学日] 平成25年8月 日( )

[会 場] サントリー美術館


 標記展覧会の前期を見学した時、後期には展示内容が変わることを知る。多忙の折、後期も見るべきか否か迷ったが、展示内容は予想以上に充実していたので、再び足を運ぶ決心をした。


 スタートは前期と同様、【孔雀図】(上野記念館蔵)だった。

序章 様式のカオス
 前期とは展示内容が大幅に変わっていた。
 【青緑山水図】(東京富士博物館蔵)と【秋山訪陰図】は、池大雅の影響が感じられる私好みの作品だった。
【駱駝図】(摘水軒記念文化振興財団蔵)は、おそらく見世物を見て描いたのだろう。




第1章 画業のはじまり
 谷文一筆【谷文晁像】は、60歳の退任記念の姿である。
 ラフなタッチの【文晁自像自賛図】には狂歌が添えられている。
 一連の【文晁画稿】(東京藝術大学蔵)、水墨画も実にいい
 今回も、加藤文麗や渡辺玄対ら文晁が師事した絵師の作品が見られた。
 【枯木山鳩図】(出光美術館蔵)と【竹鶴・芙蓉雉子図】(山形美術館蔵)は南蘋派の影響を受けた華やかな作品だった。
 【山水図】(共同制作)と【松下感瀑図】は、人物描写が気に入った。
 私好みの【本朝画纂】を今回も見られて大感激、この作品は【光琳百図】を思わせるものがあり、特に寿老人が気に入った。
 続いて、【画学斎過眼図藁】(大東急記念文庫蔵)・【画学斎過眼図藁】(田原市博物館蔵)・【縮図帖】も前期と場面替えで鑑賞、手控えやスケッチなどラフな作品も、文晁の存在が感じられて好きなジャンルである。


第2章 松平定信と『集古十種』旅と写生
 今回このコーナーでまず注目したのは【大和巡画日記(写本)】(東北大学附属図書館蔵)、文晁の原本を西村公喬が模写したものだが、前のコーナーとあわせて、絵日記で絵師・文晁を体感した。戒壇堂四天王像を見た時は、修学旅行の後に『古寺巡礼』や『大和古寺風物詩』を読んだ時のことを思い出した。 【集古十種】(大和文華館蔵)にも、法隆寺五重塔や塑像のスケッチなども収められていた。自分が見た今日に伝わる日本の芸術品を文晁も見ていた事実を確認し、やはり感じるものがあった。
 同様に、自身も訪れた場所を描いた松島の風景を伝える【松島真景図巻】(仙台市博物館蔵)や【松島画紀行・松島日記(写本)】(仙台市博物館蔵)・【谷文晁東北地方写生図】(東北大学附属図書館蔵)には、深い感銘を受けた。これらの作品には大震災の被害も重なり、同時に心の痛みも感じた。
 【羅漢図】は破損個所も写している。
 今回も、【雪卯花図】【三股の稲図】(共に桑名市博物館蔵)で、松平定信とのコラボを楽しんだ。
 【水墨山水図屏風】は雄大な屏風絵 スケールの大きさに圧倒された。
 今回は【名山図譜・日本名山図会 版木】(芸艸堂蔵)も展示されていた。一部磨滅が見られ、それだけ人気があったことがうかがえる。


第3章 文晁と「石山寺縁起絵巻」
 本日も、【石山寺縁起】(重文、当館および石山寺蔵)に酔いしれた。前回と頁が変わっていた。水の流れや苔の表現に琳派と共通するものを感じた。炎の描写は圧巻、色彩が鮮やかで紙質も絵の具も大変いい。摸本だが近い将来に重文・国宝に指定される価値があると思う。いつかぜひ、全巻通して見てみたい。


第4章 文晁をめぐるネットワーク-簾葭堂・抱一・南畝・京伝
 【花鳥人物画像】も展示場面が変わり、印象的な猿の画を多数描いたかの森狙仙の【亀図】を見ることができた。
 【江の島まうで 波のさゞ波】(西尾市岩瀬文庫)は今日のガイドブックにあたるだろう。
 【諸国名所図】栃木県立博物館蔵の作者・島田元旦は文晁の弟、【山水図】の作者・谷幹々は先妻、(共に栃木県立博物館蔵)、あらためて、文晁は絵師一家に身を置いていたことを実感した。
 【木村簾葭堂】(重文、大阪府教育委員会所蔵)は、当然ながら、前部に展示されていた肖像画とよく似ていた。これは木村の死後に描かれたらしい。木村は人望が厚く、多くの人に慕われていた。木村石居が編纂した【巽斎十三回忌展覧目録】(神戸市立博物館蔵)には、文晁や浦上玉堂が参画している。
 【江戸流行料理通】は、酒井抱一・亀田鵬斎、大田南畝らが集う頁が展示されていた。小振りながら大好きな作品の一つである。本日は他にも【増山雪斎邸合作】【老梅図】などの≪寄合書き≫を鑑賞できた。【谷文晁消息 酒井抱一宛】にも再会できて感激した。
 【江戸高名会亭尽 山谷 八百善】(歌川広重筆、当館蔵)には、文晁の絵が画中画として見られる。
【弁財天図】【武蔵野水月図】には、盟友・抱一を思わせるものがあった。
 【赤壁図屏風】(根津美術館蔵)は雄壮は六曲一双の作品、【八大龍王図】は「文晁はこんな画も描いていたのか」と思わせたほどマンガチックでユーモラス、あらためて、文晁のマルチぶりに敬服させられた。
 【富嶽図屏風】(上野記念館蔵)で本日も文晁の富士を堪能した。
 ラスト近くではやはり大好きなジャンルの【縮画帖】に再会できた。
 本日展示されていた弟子・渡辺崋山の作品は【蜀桟道図】、卓越した画力に言葉を失った。 


≪感想≫
 一昨年の酒井抱一に続き(いくつかは翌年に持ち越したが)、彼の盟友だった谷文晁の大規模な展覧会を見ることができて、大変嬉しかった。
 文晁の作品からは予想していた以上の感激を自分にもたらしてくれた。作品のみならず、華麗な交友関係も同時代の日本の文化界を体感するようで、大いに楽しめた。
 本展覧会を見て、谷文晁という絵師は、大変幸運な人だったと感じている。天賦の才能を精進によって向上させ、それが認められる環境・時代に恵まれ、美術史上有数の偉業として大輪の花を咲かせ後世に残すことができた。自身の門地は中流だったが、将軍家直系で時の最高権力者だった松平定信や、譜代の名門・酒井家の御曹司である抱一など、超上流階級の人々と親しく交わることができた。文化が爛熟した平和な時代、亀田鵬斎や大田南畝など日本史を代表する一流文化人と交流することにより、さらに自身の画風に磨きをかけた。個人的な苦労や不幸はもちろんあっただろうが、努力が報われた人生だったと思う。弟子の崋山と比較すれば、その一生はおおむね平和で安穏だったと思う。
 文晁の一派は、後継者の早世や弟子・崋山の悲劇等のため、残念ながら後世には残らなかったという。しかし文晁が残した多くの作品は、崋山の【鷹見泉石像】とあわせて、今後も美術史上不滅の金字塔として、多くの人に感銘を与え続けていくだろう。

 空前の規模だった本展覧会、図録も欲しかったが、最終的には断念した。家の書架のスペースが最大の理由だが、印刷技術が向上しても、現物が会場で放つオーラや臨場感を完璧に伝えることができないのも一因だった。特に富士山等を描いた壮麗な大型作品は、図録サイズにまで縮小してしまうと残念だが迫力や感動も小さくなってしまう気がした。
いつか再び、文晁作品に出会える展覧会が実現することを切望している。


 
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by nene_rui-morana | 2014-01-05 12:26 | 旧展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

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