谷文晁 前期②

第3章 文晁と「石山寺縁起絵巻」
 階段を下りて2階に行くと、そこに展示されていたのは【石山寺縁起】(重文)、所蔵は当館と石山寺、本展覧会の目玉の一つである。琳派を思わせる波や松の表現、絵巻物という大好きなジャンル、いくら見ても見飽きない。この日も繰り返し何度も作品の前に立ってじっくりと見入った。


第4章 文晁をめぐるネットワーク-簾葭堂・抱一・南畝・京伝
 タイトルのとおり、このコーナーの作品からは文晁の多彩な交友関係が伝わってきた。盟友との共作、弟子の作品、その他にも私の好きな画帖や草子など、心躍る展示に魅了された。
 【花鳥人物画像】は、描いた人は文晁以外は知らないが、好きな画風だった。無作為に蒐集されたという【如意道人蒐集書画帖】(出光美術館蔵)は文晁ら逸品揃いで、慧眼に心服さ
 【扇面画帖】には文晁の妻も参画しているとのこと、専門家の身内はそれ相応のたしなみがあったことがうかがえる。
 【柏樹若鷹図】の作者・谷文一は文晁の養子だが、32才で早世したという。
 【木村簾葭堂】(重文、大阪府教育委員会所蔵)は文晁と交友のあった大坂の酒造業者で文人・好事家、笑った表情は人のよさそうなおじさんという印象を受けた。文晁が描きこの簾葭堂が写した【伊豆勝景図(写本)】は、文晁の他に伊藤若冲などの名が見られる。【棲鸞園画帖】(当館蔵)にも若冲画が見られた。
 【歳寒三友図】は文晁・酒井抱一・大窪詩仏の夢のコラボ、【谷文晁消息 酒井抱一宛】も自分には嬉しい展示だった。抱一が編纂した【光琳百図】も展示されていた。2年前が酒井抱一の生誕250年だったが、年齢の近い抱一と文晁は、今日でいえば大学のゼミやサークルの先輩後輩のような間柄だったのかもしれない。
 過去にパネル展示を見た記憶のある【江戸流行料理通】の著者は栗山善四郎、画は文晁・抱一・鍬形蕙斎ら、序文は亀田鵬斎、跋文は大田南畝と、この時代を代表する最高レベルの文化人が結集した夢のような作品、小品ながら本展覧会の中でも特に見応えのあった展示の一つで、興奮で胸がいっぱいになった。
 【水墨山水図屏風】は本日特に勇壮でスケールの大きな作品、こちらも心に残った。
 【文晁一門十哲図】の中の人物は中国風の服装をしている。
 【写山翁之記】(野村文招筆、西尾市岩瀬文庫蔵)は文晁の私塾・写山楼の一幕を描いたもの、河鍋暁斎が描いた歌川国芳の画塾の絵を思い起こし、頭の中で比較しながら鑑賞した。
 文晁作品の締めは彼の真骨頂、六曲一双の壮大な【富士山図屏風】(静岡県立美術館蔵)は文句なしに文晁の代表作、富士山が世界遺産に登録された年に江戸博の『ファインバーグ展』に続いて文晁描く富士山画を見ることができたのは、大変幸運だったと思う。
 ラスト近くに展示されていた【縮画帖】や渡辺崋山が描いた【鯉図】も、心に残った。 


≪感想≫
 予想にたがわぬスケールの大きな展覧会で、見ることができて本当に嬉しかった。
 文晁の作品は大変素晴らしく、自分の中に強烈なインパクトを残した。ラフなタッチから綿密な描写、静物と動物、彩色とモノクロ、花鳥、風景、人物、模写、版画、仏画、文晁の多彩な筆力に驚嘆させられ、魅了された。
 あわせて、その華麗な人脈にも大いに興味をそそられた。
 あと一時間いても見足りなかったと思うが、この後の予定も明日の仕事のこともあり、例によって後ろ髪を引かれる思いで会場をあとにした。
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by nene_rui-morana | 2014-01-03 19:55 | 旧展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

趣味の史跡巡り、美術展鑑賞などで得た感激・思い出を形にして残すために、本ブログを立ち上げました。心に残る過去の旅行記や美術展見学記なども、逐次アップしていきたいと思います。


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