[副 題] 金子皓彦コレクションを中心に


[見学日] 平成29年12月22日(金)


[会 場] たばこと塩の博物館



 『たばこと塩の博物館』が東京スカイツリーに程近い墨田区横川に移転してから、何度か展覧会に足を運んだ。感銘を受けた企画展もあったが、恥ずかしながら多くの記事をアップできないまま今日に至っている。

 しかし、幕末以降に輸出された超絶技巧作品を紹介する表記展覧会は、明治150年の今年中にまとめたいと思った。

 展示作品の多くは以前に渋谷で見ていると思うが、今回も大きな感銘を受けた。



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# by nene_rui-morana | 2018-10-14 10:00 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

メアリー・カサット展

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[副 題] 印象派を代表する女性画家。[会 期] 2016年9月3日(土) [会 場] 横浜美術館


 印象派の展覧会は都内や隣接県では毎年のように開催されているが、女流画家が主役となる企画は多くない。初来日の作品も見られるというので、会場はやや遠いが足を運ぶことにした。

 会場に入ってまず目に入ったのは、主催者の挨拶パネルと1914年撮影のカサットの写真、メアリー・カサット(1844年~1926年)はピッツバーグ郊外の裕福な家庭に生まれ、画家を目指して21歳の時にパリに渡った。

 ※作品名後の()内は所蔵者、未記入は個人所蔵品です。



Ⅰ.画家としての出発

 スタートは1873年に制作された【バルコニーにて】(フィラデルティア美術館)、本展覧会を特集したテレビ番組でも紹介された。

【若い娘の頭部】(ボストン美術館)、【赤い帽子の女性】(ジェラルド&キャサリン・ピーターズ夫妻協力)と展示が続く。

 日本で江戸時代が終焉した1867年頃に撮影された肖像写真も展示されていた。



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# by nene_rui-morana | 2018-10-13 15:23 | 展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

[副 題] 前島密生誕180年&郵便貯金140年


[会 期] 平成27年4月11日(土)~6月21(日)


[会 場] 郵政博物館



東京スカイツリータウン内に移転した<郵政博物館>で、平成27(2015)年に近代日本の郵便の父・前島密生誕180年と郵便貯金140年を企画する展覧会が開催された。

 開催期間中にスカイツリータウンに行く機会があったので、立ち寄ってみた。2回行ったが、レポは一括でまとめます。

会場では、パネル「前島一代記」で前島の生涯を紹介したほか、写真や肖像画・墨跡その他ゆかりの品々が展示されていたような気がします。しかし、見学から長期間が経過し記憶が曖昧となり、展示リスト等も配布されたなかったため、展示内容が思い出せません。よって本稿は、当日のわずかなメモから前島の生涯を追ってみたいと思います。



 私が前島密の名を知ったのは小学校3年か4年の時、国語の教科書に郵便事業を紹介した内容が掲載されていて、イギリスのローランド・ヒルと共に記憶に刻まれた。

 高校3年の日本史の授業では「今ではあまり出回っていないが、1円切手に前島密の肖像画が使われている。」と先生に教わった。

 それから久しく、その生涯等に触れることはなかったが、今回貴重な機会に恵まれた。なお、平成の世になってから消費税の導入で1円切手は再び世の中に出回ることになった。



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# by nene_rui-morana | 2018-10-04 22:24 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

花燃ゆ

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[副 題] 2015年NHK大河ドラマ特別展


[見学日] 2015年7月20日(月祝)


[会 場] 江戸東京博物館・1階特別展示室



 2015年のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』は、視聴率は高くなかったが、しっかりした時代考証に基づいた良い番組だったが、実は自分はほとんど見ていなかった。

 しかし、ここ数年は恒例となっている江戸東京博物館での特別展には赴いた。



プロローグ「文の育った萩」

スタートは明治初年に撮影された【萩城天守閣写真】のパネル、所蔵は山口県文書館、山口に行った時に見たどうかは記憶がない。以後、現地の博物館が所蔵する資料は同様、歳月の経過はいかんともしがたい。萩城は明治4(1871)年に解体された。

 【防長両国絵図屏風】(萩博物館)には、近代の足音が感じられる。

 【萩城下町絵図屏風】(萩博物館)を見て、松下村塾や志士たちの家の場所が知りたいと思った

 【行程記 登り一・二】(山口県文書館)は、太田記念美術館等で見た菱川師宣の【東海道分間地図】が思い起こされた。師宣の街道マップは普通の和紙に墨で描かれていたが、こちらはカラフルで紙質も良い。

 その後は、敬親を含めた毛利家関係の展示が続く。【毛利公御代々御画像】(山口県立山口博物館)はレンブラントなどが描いたオランダの集団肖像画が思い出された。



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# by nene_rui-morana | 2018-10-01 13:32 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

彼岸の中日

 23日は秋分の日、非番の日曜日でしので、菩提寺に行きました。

 父が亡くなってから、お寺に行くことが増えましたが、春と秋の彼岸は特に感じるものがあります。墓所は季節の花で彩られ、目を楽しませてくれます。同じく先祖を思う方々と墓に参ると、余裕のない日常生活に疲れ気味の心身が少し癒される気がします。

 いささか不純ですが、菩提寺では美しい昼食と御茶を出して下さるのも楽しみです。

 行きは少し雨に降られましたが、晴れ男だった父の面目か、読経が終わって塔婆をあげる時には晴れていました。


 秋雨前線の活動が活発ですが、昨日も午後は晴れて、見事な中秋の名月が見られました。

 本年度も半分が過ぎ、来週から第3四半期に入ります。


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# by nene_rui-morana | 2018-09-25 21:20 | 季節の風物詩 | Comments(0)

特別展 平安の秘仏

[副 題] 滋賀・檪野寺(らくやじ)の大観音とみほとけたち


[会 期] 2016年9月13日~12月11日


[会 場] 東京国立博物館・本館特別5室



副題のとおり、表記展覧会は滋賀県甲賀市にある天台宗の古刹・檪野寺(らくやじ)の仏像が一堂に会したもの、展示作品は全て重要文化財に指定されている。

檪野寺に行かれる可能性はほぼ皆無なので、貴重なこの機会に珠玉の仏像をぜひ見ておこうと思った。


 会場に入ると、前面はすぐ壁となっていて、写真に囲まれながら中へと進んだ。

出展作品は同名が多いので、作品名の前に会場で配布された出品目録の番号を記します。例によって長時間が経過したため、細部に記憶違いがあると思いますが、ご了解ください。



 1【十一面観音菩薩坐像】は3メートル以上ある。頭上面のパネルに解説が書かれていたと当日のメモにある。重文に指定された十一面観音坐像としては日本最大、下ぶくれの顔と均整のとれた体型が美しい。


2【毘沙門天立像】は好きなタイプの作品、ずんぐりとした体形の素朴で愛嬌のある彫像だが、造形は見事である。全身に虫食いが見られた。ベルト?や衣装のデザインは印象的、顔のあたりは木目をよく活かしている。

似た彫像をどこかで見た記憶がある。顔の真正面から見ると、左上顔部が隠れるポーズがキマっている。


 4【吉祥天立像】は、国宝画・薬師寺の【吉祥天像】とはかなり違うが、かつての華麗な彩色の装飾の名残りがある。両手先に破損があり素朴だが、心打つ。


 6【観音菩薩立像】には鑿(ノミ)の跡があり、足指も彫られていないので、未完とも言われている。しかし、表現に荒々しい鑿跡を残す鉈彫(なたぼり)という技法との説が有力らしい。穏やかな表情の顔が印象的だった。


 7【観音菩薩立像】はやや険しい目つきの作品、木目をよく活かしている。


 9【薬師如来坐像】は新薬師寺寺の同名像に似ている。衣にしのぎ立った襞を交えている、これは後述の16【地蔵菩薩立像】もみられる。


12、13【観音菩薩立像】2つの観音菩薩も、木目をよく活かしている。


 16【地蔵菩薩坐像】は2【毘沙門天立像】と共に今回特に魅了された作品、金箔が眩く、首飾り?も華麗、指先の表情が素晴らしい。光背も制作当時のものだが、この類を見るのは初めてかもしれない。像内には文治3(1187)年の墨書銘があるが、パネルを展示してほしかった。


 18【地蔵菩薩立像】は衣の襞をほとんど刻まず彩色で表現している。本作品のように動きが少なく控えめな表現の仏像の中には、本地仏があるという。


 19【吉祥天立像】は妊婦のようにお腹がふっくらしている。


 20【吉祥天立像】は、6【観音菩薩立像】と同じく意図的に鑿目を残した鉈彫表現の作品、19【吉祥天立像】とは全く違った。



 今回は、通常は厨子に安置され秘仏となっている本尊【十一面観音菩薩坐像】を含め、貴重な諸像を一度に見ることができた。未知の「甲賀様式」を知ることもできた。

会場はそれほど広くないので、室内を何度も廻り、いろいろな角度から繰り返し鑑賞した。

 檪野寺行かれないとは思うが、再会の夢は持ち続けていきたい。


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# by nene_rui-morana | 2018-09-15 19:20 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)
[会期] 2015年6月24日(水)~7月20日(日祝)

[会場] サントリー美術館


 多忙の折、表記展覧会に行くべきか迷ったが、尾形乾山を主役に据えた展覧会が開催される機会は少なそうなので、足を運ぶことにした。

 会場内には、乾山の年譜等も紹介されていた。

 尾形光琳・乾山兄弟の実家が京都の大呉服商・雁金屋だったことは有名、乾山(1663年~1743年)の幼名は「権平」「寛三郎」で改名後の名が「深省」であることは今回知った。光琳の幼名は「市之丞」だという。

 派手好きで放蕩者だった兄とは対照的に地味で真面目な性格だった乾山は、仁和寺の南で禅や学問に励み、この近くに住んでいた野々村仁清に陶芸を学んだ

 ※作品名の()内は所蔵者、無記入は当館所蔵です




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# by nene_rui-morana | 2018-09-01 19:13 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

先述したとおり、静嘉堂文庫美術館での小林忠先生の講演会が聴講できなかったので、ロバート・キャンベル先生の講演は何としても拝聴したかった。念願かなった喜びは計り知れない。

 当日の3月10日は土曜日、現在の自分はスパン勤務で定期的に土日祝祭日出勤があるが、幸いこの日は休みがとれた。奇しくもこの日は、東京の下町一帯が焦土と化した東京大空襲から73年目、江戸の文化を堪能できる平和な時代の意義を痛感する。


 午後1時15分より整理番号順に入場したが、私は貰った番号が後の方だったので会場内にはもう席が少なく、わずかに空いていた後方に着席した。


 1時30分より講演開始、数多くのテレビ出演などで人気を博している東京大学名誉教授・キャンベル先生の優しく親しみのある語り口に、参加者は熱心に聴き入っていた。

 自分も直にお話を聴くことができ、感激した。しかし、悲しいかな、年度の切り替えの慌ただしさでで早期に感想をまとめることができず、その後今日までの忙しさも尋常ではなく、細部の記憶が薄れてしまっている。よって以下の記述には記憶違いもあると思いますが、ご了承ください。


 キャンベル先生は、本展覧会の主役・国貞や、葛飾北斎など、浮世絵師について語られた。浮世絵が大変お好きということで、大学者と価値観を共有できていることを嬉しく思った。


 講演では、「浮世絵師が身を置いた不特定多数の人がいる空間」として、書画会について特に熱く語られた。

 1792年の万八楼の書画会、式亭三馬や歌川豊広が参画した1802年の 川楼の書画会などについて触れられた。

 当日のメモには「画帖 扇面の儀、かたく...」「三浦派」といった記録があるが、恥ずかしながら内容が思い出せない。

1811年3月12日の中村楼での式亭三馬の書画会には、前日より山東京山や摺師・版元ら多くの人が会場に集まっていたという。既にデビューしていた26歳の国貞も師匠・初代豊国と共に世話役をつとめている。余談だが、この中村楼は両国にあり、国貞には馴染みの料亭となったようで、後に彼の古稀の書画会も開催された。写真も残っている。

浮世絵師はこのような共同社会に身を置いていたとキャンベル先生は語られていたように思う。

書画会の準備に要した時間、連絡役などに子どもを使う、実際に会場に足を運ぶ、これらが貴重な副産物を生んだと話された。

個人的には、河鍋暁斎が書画会の様子を描いた作品に大きな感銘を受けている。多くの人が集い、会場の熱気が伝わってくるようで、国貞作・中村座の楽屋絵と共通するものを感じる。

今回、キャンベル先生のお話を聴いて、より関心が高まった。私の住む地には江戸時代、番付の上位にランクインする料亭が何軒もあり、そこで当時の人気浮世絵師が書画会を開いたことは充分考えられる。今後は浮世絵とあわせて、書画会にも注目していきたい。


上記の他、幕末~明治初期に日本を訪れた外国人についても語られた。

 西郷隆盛の肖像を描いたことで知られるキヨソーネは、ジェノバに書物を1000点以上持ち帰ったという。内容は娯楽用の絵本や実用の絵手本とのことだった。

 他に、暁斎の弟子でもある建築家コンドル、お雇い外国人チェンバレンなどについて話された。

、『Dr.クロワッサン』と中野三敏氏についても触れられたようだが、こちらの内容は思い出さない。


 世界最古の美術雑誌『国華』についても語られた。現在の主管は小林忠先生、本展覧会の後、上野で特別展が開催された。


 キャンベル先生の講演が終わった後、当館・河野元昭館長が登壇され、定刻終了まで共に語られた。今回展示された当館所蔵の国貞作品を紹介した図録『歌川国貞』は既に品切れとのこと、国貞ファンになって間もない頃に当館で開催された展覧会を見に来て購入しておいて本当によかった。


 全て終了した後に、わずかながら先生とお話することができて、とても感激した。

 この後にも、各所で精力的に講演活動をこなされている先生、いつか再びお目にかかれる日が訪れることを切望してやまない。



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# by nene_rui-morana | 2018-08-25 21:54 | 講演会・講座(含 回想) | Comments(0)

歌川国貞展 後期

[副 題] 錦絵に見る江戸の粋な仲間たち


[見学日] 平成30年3月10日(土)


[会 場] 静嘉堂文庫美術館



 表記展覧会はもちろん前後期見るつもりだった。

先述のとおり、前期開催中に実施された小林忠先生の講演会を聴き逃してしまったので、ロバート・キャンベル先生のお話は何としても聴講したいと思い、必死で時間を確保した。

しかし、超有名な先生なので早くに定員に達することが予想され、会場は自宅からはやや遠いので早めに行って整理券を確保することも困難、当日はやや不安を感じながら二子玉川駅で昼食を済ませた後にバスで会場へと向かった。

案の定、入口には「定員に達しました」の貼り紙、大いに失望しつつ建物へと向かう。

チケット購入時にダメもとで聞いてみたら「まだ受付しています」との返事、まさに地獄から天国へ駆け上がった気持ちだった。最後まで諦めない、しっかり確認する、座右の銘として心に刻んでおきたい。

講演をはさんで、夢の国貞ワールドを心ゆくまで堪能した。



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# by nene_rui-morana | 2018-08-24 22:46 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

歌川国貞展 前期

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[副 題]

   錦絵に見る江戸の粋な仲間たち


[見学日] 平成30年2月4日(日)


[会 場] 静嘉堂文庫美術館



 表記展覧会を自分が前後期共に見ずに済むわけはない。例によって必死にスケジュールを調整した。



 チケットを購入し、ロッカーに荷物を預け映像を見ながら小休止した後、歌川派略年譜を見つつ会場に入る。


 スタートは【今様見立士農工商 職人】、色が非常に鮮やか、【今様見立士農工商 商人】と合わせて見た。後者の左襖には下谷の錦絵問屋・魚屋栄吉の新刊宣伝ポスターが大きく描かれ、看板に見られる国貞は二代目、彫師は名工と名高い「横川彫竹」である。


 【江戸花見たて六歌仙】は多分初見だと思う。



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# by nene_rui-morana | 2018-08-19 15:07 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)
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  [見学日] 2018年5月5日(土祝)   [会 場] 東京国立近代美術館


 明治維新150年目の今年は、見応えありそうな展覧会が目白押し、【生々流転】全巻が見られる表記観覧会も見逃すわけにはいかない。

当日は東京都写真美術館の特別展を見た後、JRと地下鉄を乗り継いで会場へと向かった。

作品名後の()内は所蔵者です



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# by nene_rui-morana | 2018-08-18 17:23 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

西郷どん・後期 1

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[副 題] NHK大河ドラマ特別展  [見学日] 平成30年6月29日(金)  [会 場] 東京藝術大学大学院美術館



 大河ドラマの特別展は江戸東京博物館で開催されるのが恒例だが、現在は1階展示室が改装工事中のためか、今年は表記会場となった。

 今年は明治維新150年で幕末・維新期が注目されており、様々な企画が目白押し、表記展覧会は大学の後輩が送ってくれた割引券を利用して鑑賞した。

当日は直前の休日出勤の代休をとった。近くの喫茶店で小休止し水分を摂り、会場に向かった。



 まずはB2Fに移動し、映像コーナーで≪西郷どん 英雄への道 青春篇・怒涛篇≫を見た後、展示会場へと入った。

作品後の()内は所蔵を記しています



プロローグ

 スタートは【西郷隆盛肖像画】(個人)、【薩摩潟】(鹿児島県歴史資料センター黎明館、以後「黎明館」と略)の制作は明治28(1895)年、大正3(1914)年に桜島の噴火で大隅半島と陸続きになる以前の時代を伝えている。

 【琉球御召舟之図】(鹿児島県市立美術館)は徳川家茂の将軍就任を祝う船団を描いたもの、居並ぶ大艦隊に圧倒された。

 西郷の関わる人物の相関図も展示されていた。そうそうたる面々に時代のスケールを感じる。

 【薩摩琵琶 銘 木枯】(個人)はシンプルな造形だが格調高い逸品、西郷が演奏を聴いたとも言われている。



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# by nene_rui-morana | 2018-07-29 11:50 | 明治維新150年関係 | Comments(0)
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# by nene_rui-morana | 2018-07-29 11:10 | 記事作成中(近日中アップ予定) | Comments(0)

加藤剛さん、ご逝去

 俳優の加藤剛さんが先月亡くなられていたことが報じられました。享年80歳。


 加藤さんは自分にとって、忘れることのできない役者さんでした。

 小学校時代に放映されていたテレビドラマの主役だったのが加藤さん、この作品はその後の人生を決定づけるほど、自分にとっては大きなものとなりました。

 子ども心にも加藤さん演じる歴史上の人物に魅了され、親に「まだ早すぎる。」と叱責されながらも、なけなしの小遣いをはたいて原作を買って読みました。この番組がきっかけに歴史に興味を覚え、以後は歴史小説や関連書を読みまくる中高生生活を送りました。高校の部活動は史学部、大学は史学科を選びました。

 山本五十六という人物の名前と業績を知ったのも、中学生時代に加藤さんが彼を演じたテレビドラマからでした。

代表作「大岡越前」にもいろいろな思い出があります。やはり若き日に感銘を受けた司馬遼太郎氏作「関ヶ原」がテレビドラマ化された時は石田三成を演じられました。

 出演映画も、テレビや高校の映画上映会で何本か拝見しました。


 あらためて振り返ると、自分の人生が加藤さんから受けた影響は非常に大きかったことを実感します。これ以外に、すぐに思い出せないものもあると思います。

大学の専攻や現在関心をそそられるのは別の時代ですが、思い出のドラマで加藤さんが演じた人物は自分の中で不動の地位を占めており、関連書が刊行されれば必ず買っています。

このドラマのメインキャストの多くが、旅立たれました。

加藤さんが亡くなられたのは自分の誕生日のちょうど一カ月後、この日を忘れることはありません。

 

 自分にとって大変大きな存在が、また一人、天上の人となりました。過去に心をとめた方の訃報に接する度に、自分の中で一つ幕が下りたことを実感します。


 いささか不釣り合いとは思いますが、自分の中の思い出により、本稿は「歴史」のカテゴリにアップさせていただきました。

 

 つつしんで、ご冥福をお祈りします。


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# by nene_rui-morana | 2018-07-10 22:37 | 歴史 | Comments(0)

御見舞い

 平成最後の夏、日本は未曽有の天災に見舞われました。


 先月、大阪北部で発生した地震では、小学校のブロック塀が崩れてこの学校に通う生徒さんが亡くなるという痛ましい事故が発生してしまいました。


 その記憶も冷めやらぬうちに、西日本を空前の水害が襲いました。かつて旅行で訪れた多くの町に、被害が発生しています。

 北九州、山口、岩国、松山、大洲、宇和島、広島、岩国、岡山、高梁、総社、倉敷、関、素晴らしい思い出を与えてくれた町が浸水し、住宅や車両が土木や土砂で破壊されている映像を見て、心が痛みました。亡くなられた方の数が増える度に、涙がこみあげてきました。


 これまでに表記の題で、何度記事をアップしたでしょうか。最近頻発する地震も含めて、近年日本を襲う天災は想像を絶するものがあります。

 避難所で災害関連死が発生しないこと、一日も早い復興を、心より祈っています。


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# by nene_rui-morana | 2018-07-09 22:11 | Comments(0)

勝川春章と肉筆美人画

[副 題] <みやび>の女性像


[見学日] 2016年3月25日(金)


[会 場] 出光美術館



 自分は浮世絵に関しては圧倒的に版画派、もちろん肉筆浮世絵にも好きなものはあるが、多忙の折、表記展覧会には足を運ぶ予定はなかった。

しかし、太田記念美術館の展示がとても良く、相互割引もあったので、最近関心を深めている勝川春章の貴重な肉筆画を見てみることにした。

作品名の次に明記がないものは出光美術館所蔵です



Ⅰ.春章の達成 - 「美人鑑賞図」にみる創意

スタートは春章晩年の大作【美人鑑賞図】、本展覧会の目玉となる華やかな作品である。大きな画絹に思い思いに過ごす十一人の美人が鮮やかな色彩で描かれている。釘隠しの花菱紋から、この画の舞台は六義園、柳沢信鴻(吉保の孫)が古希の記念に発注したとの説が出されている。また、シカゴ美術館所蔵の鳥文斎栄之作【福神の軸を見る美人】と似ていることも指摘されている。着物や帯の柄、各種アイテム、猫、花瓶の花、等々、円熟期の春章の本領が凝縮した名品である。

 本章には、瀬名富三郎が1818年頃編纂した『諸家人名江戸方角分』が展示されていた。江戸各所に住む著名人を記号で表した職業などとともに収録したもので、春章ほか今日一般に知られている人物が登場する。ぜひ全頁を見てみたい。所蔵する国立国会図書館のデジタルアーカイブスなどを調べてみようと思っている。



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# by nene_rui-morana | 2018-07-04 13:37 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)
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     [見学日] 2016年3月18日(金)


     [会 場] 太田記念美術館



 近年大人気の葛飾北斎は、駆け出しの頃は勝川春章の門下で活動し、「春朗」と号していた。2016年はその春章生誕から290年目といわれ、浮世絵の聖地・太田記念美術館で表記特別展が開催された。

 複数の浮世絵展覧会により、勝川派の作品も良いなと思うようになっていたので、副題にも惹かれ、表記展覧会に足を運ぶことにした。

作者名の表記がない作品は勝川春章作、所蔵の表記がない作品は当館所蔵です。






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# by nene_rui-morana | 2018-06-24 16:27 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

幕臣たちの文明開化

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       [副 題] 企画展 明治改元150年

       [見学日] 平成30年6月8日(金)


       [会 場] 郵政博物館・企画展示場



スカイツリータウン内にある郵政博物館には、移転間もない頃から何度か足を運んだが、記事がアップできないままになっている。

 しかし、表記展覧会には節目の今年に関連した内容なので、多忙の折、頑張ってまとめた。

 当日仕事だったが午後は休暇をとり、同じ建物内にあるレストランで昼食をとった後、会場に入った。

 企画展示場は、常設展スペースを奥に入った一角にある。フラッシュをたかなければ写真撮影もできた。

当館には、推理小説等で有名な「ブラックペニー」や、切手マニアが多かった自分の世代では忘れることのできない「見返り美人」「月に雁」などがあるが、本日は予定が入っているので常設展の見学は見合わせた。ただし、後藤新平の書簡だけは見た。逓信大臣を務め、初代通信文化協会総裁にもなっている。



★幕末

 まず目に入ったのは、ペリーが来航した時にもたらされた【エンボッシング・モールス電信機】、傍らには【模型】もあった。対面には【地球万国方図(複製)】が掲示されていた。

 様々な展覧会で目にした『ペリー日本遠征記』は、1856年刊行版が展示されていた。原書名は【Narrative of The Expedition of an American Squadron to the China Seas and Japan】であることを知った。

 次いで、林子平の【三国通覧記】、【デイニエ電信機】、包教という人物の測量日記、天才にして奇人・佐久間象山の肖像写真などが目に入る。象山は墨田の英雄・勝海舟の年上の義弟である。

 旧幕臣で明治政府に重用され、逓信大臣も務めた榎本武揚が明治24(1891)年に記した書軸【琴中悟り得て能く趣き無く酒裏参頠天に酔わず】にも注目、彼は晩年、現在の墨田区内に隠棲し、よく馬で通った旧木母寺近くに銅像が建っている。

 【長崎居留地坪数絵図】【函館分間絵図】【下田港見取絵図】等々、新たな時代の幕が明けて諸外国との通商の窓口となった町の地図には注目した。

 日本の郵便制度の生みの親・前島密関係では、刀や脇差、鞘、裃、旅行記の草稿などが展示されていた。当館では以前、前島に関する企画展が開催され、郵便事業以外でも多大な功績を残していたことを知り、大いに感銘を受けた。その時の感想も未だまとめていないが、前島の生涯について少し調べて早くアップしたいと思う。



★維新

 髷を結った若き福澤諭吉の写真とあわせて、【西洋事情】が展示されていた。

 展示作品と同じか否かは不明だが、【親子内親王御降下行列図】は江戸東京博物館の特集展示で見たことがある。

 新たな首都・東京の地図【東京地本】も見られた。

 肖像写真と共に書額などが紹介されていたのは、有栖川野宮熾仁親王や三条実美などのVIP、前島密の書簡も見られた。



★文明開化

 時代は明治へと移り、郵便を含めた多くの近代的な制度が導入された。三代歌川広重が描いた開化浮世絵を含めた様々な展示は、新時代を息吹を今に伝える。

 情緒あふれる光線画で明治初期の景観を描き、「最後の浮世絵師」として人気と評価が高まっている小林清親は、現在の江戸博を含めた地にあった幕府御蔵屋敷詰めの武士の家に生まれた。本展には【常盤橋内紙幣寮之図】が展示されていた。近くには、渋沢栄一の肖像写真と前島密宛書簡が展示されていた。

 栗本鋤雲は幕末に軍艦奉行や外国奉行を歴任し、徳川慶喜の弟・昭武の欧州外遊にも随行したが、新政府には出仕せず新聞界に身を投じ、現在の墨田区内石原に住んだ。鋤雲が主筆をつとめた「郵便報知新聞」関係の展示、【郵便報知新聞発行の趣意書】【郵便報知新聞綴】は、【東京日々新聞】と共に、自分にとっては特に心に残る展示だった。

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 紆余曲折を経て現在の「読売新聞」「スポーツ報知」へとつながる郵便郵便新聞の本社が両国にあったことを【東京名所両国報知社図】で知った。

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 同じく幕臣だった成島柳北も維新後はジャーナリズムに身を置き、現在の隅田公園にほど近い地に住んだ。

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 当然ながら本章にも、書簡その他、前島密関係の展示はたくさんあった。

 伊藤博文と大久保利通の肖像写真の下に展示されていたのは【西南戦争時の電報】、読めることもあり、臨場感を覚えた。

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≪感想≫

 比較的小規模な展覧会だったが、内容は充実していて良い展示が揃い、見応えがあった。地元・墨田に関わる展示も多く、地域の文化施設としての責務がしっかり果たされていると感じた。

 明治150年の今年に相応しい展覧会で、前期は見られなかったが足を運ぶことができ、嬉しかった。

 もっとゆっくり見たかったが、後に予定があり、ある程度見て会場を出た。その後は同じ墨田区内の「すみだ北斎美術館」の企画展を見た。

その後は、幸い天候が良く日暮れが遅いので、墨田区南部にある展示で紹介されていた人物ゆかりの地などを数か所、巡った。


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# by nene_rui-morana | 2018-06-11 13:10 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

運慶 後期

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[副 題] 興福寺中金堂再建記念特別展


[見学日] 2017年11月17日(金)


[会 場] 東京国立博物館・平成館



 知人と見に行った表記展覧会の前期は大変素晴らしかった。わずかだが展示替えがあり、後期には【重源上人坐像】が出展されるとあっては、行かずにすむわけはない。

 しかし、10月末にひいた風邪がなかなか抜けず多くの展覧会のキャンセルを余儀なくされ、気が付けば会期も終了間近、必死で調整して何とか時間を確保、当日は午前中は仕事をして職場から会場へ向かった。

 今回は京成電鉄を利用、上野駅から道中のビル内の階段を上がり外に出る。通常は四季の移ろいを感じる機会の少ない身には、上野の山の色づいた銀杏には心癒される思いがした。目の前には長蛇の列、『怖い絵』展待ちは90分待ちとのことだった。



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# by nene_rui-morana | 2018-06-03 16:53 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

 本願寺を出た後、晴海通りを勝鬨橋へと向かった。道中に「軍艦操練所趾」の説明板が立っていた。

 橋詰にある「かちどき橋の資料館」に入り、関連展示や映像を見た後、勝鬨橋を往復した。

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 橋名の由来は小学校時代に先生に教えてもらった。両親より祖父母に近いの年代の方なので、多分もう天国に旅立たれただろう。同じ頃に社会科の授業で跳ね上がるカラー映像を見た記憶がある。

 父が生まれた昭和15(1940)年完成で、交通量の増加により昭和45(1970)年を最後に開閉は行われていない。時を同じくして、かすかに記憶が残る都電も次々と廃止されていった。

 若き日に実家の仕事の関係で連日この界隈に自転車で来ていた母は「橋が上がると20分近く待たないといけないので、ああ今日は運が悪いなと思った。」と当時を回想する。生前の父も上がった勝鬨橋を見たし、都内を走る蒸気機関車にも乗ったと話していた。「両方とも珍しくもない、どこがいいんだ。」と呆れていたが、失われた日常生活は後世には貴重かつ羨ましい経験となる。



 その後は、聖路加国際病院がある明石町を、説明板を見ながら散策した。

 周知のとおり、ここはかつての外国人居留地、ガス街灯柱や煉瓦塀、築地カトリック教会などが残っている。太平洋戦争末期の東京は、相次ぐ空襲で甚大な被害を被ったが、聖路加国際病院のようなアメリカ関係の施設がある地域や、旧岩崎邸など戦後に接収できそうな建物がある場所には、焼夷弾は落とされなかったと聞く。

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 地図を見ると、この界隈では近世以降、魅力的な歴史が刻まれている。

先程の勝鬨橋に近い月島に10年余り住んでいた知人がいて、「本当にあのあたりは良かった。築地は午後3時を過ぎると美味い海産物が安くなるし、町にも歴史がある。でも最近は町並みが変わってしまって残念。」と話している。

開発が進む前の景観を見る機会はなかったが、今でも街歩きは十分に楽しめる。本日はもう時間がないが、後日また、対岸の月島とあわせて、ゆっくりしっかり散策したい。自分なら丸一日かけても足りないかもしれない。



駅へと向かう道中の区営施設内にカフェがあったので入り、水分補給と足休めをした。



新富町から有楽町に出て、5時に予約しておいた店で家族と合流、ステーキやサラダのディナーをいただく。誕生日プレートが出されて時はBGMも流していただいた。



 ちょうど30年前の5月18日が、昭和最後の誕生日となった。そして今年の5月18日は、平成最後の誕生日となる。

 今さら祝う年でもないが、今年はまずまず良い誕生日を過ごせた。一つ残念だったのは、以前に家族からプレゼントされたお気に入りの扇子を落としてしまったこと、本願寺本堂で気がつき、歩いた箇所を探したが見つからなかった。

 本稿をアップした時点で、運気は誕生日より低下している。小さくはない問題や悩み事も抱えている。

 新元号最初の誕生日は、少しでいいから今より満ち足りた気持ちで迎えたい。

 


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# by nene_rui-morana | 2018-05-29 21:54 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

 迎賓館赤坂離宮の見学を終えた後、四谷駅へと戻る。時刻は午後2時を過ぎていた。

 地下鉄を乗り継いで、次の目的地・築地へと向かう。



 先ずは、築地場外市場を少し見学、平日の午後ということもあり、テレビで見た時ほどの人出ではなかったが、それでも外国人を含めた多くの人が店先を見ていた。

 自分ももっと時間をかけたかったが、本日は買物ができないので軽く流して見るだけにとどめ、楽しみは後日に回すことにした。

 さすがにお腹が空いてきた。本日のディナーは早い時間に予約を入れてあるので、昼食は好物のお寿司を立ち食いの店で少なめだが美味しくいただいた。



 続く目的地は築地本願寺、こちらもかねてから訪問したいと思っていたところ、現在の建物は昭和10(1935)年竣工、和洋折衷の本堂は荘厳で気品がある。

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 先ずは入口脇の酒井抱一の墓の前で手を掌わせた。「たくさんの素晴らしい作品を後世に残してくれてありがとうございます。多くの美術ファンが貴方の作品に魅せられています。」と御礼を気持ちをこめて。間新六や土生玄碩らの墓石が並んでいた。

 続いて本堂前で記念撮影した後、中に入り、本尊の阿弥陀如来立像に焼香・手を掌わせた後、堂内で小休憩、ここにあるパイプオルガンもよく知られている。

次の予定もあるので、こちらの滞在も本日は短めにした。

 境内には親鸞聖人の銅像がたっていた。

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# by nene_rui-morana | 2018-05-28 22:08 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

 平成30年5月18日金曜日、また一つ年齢を重ねる。毎年この時期は、職場では前年度の決算や新年度準備などがたてこみ、年に一度の大切な日の過ごし方の計画をたてる余裕がない。以前には直前のGWにほぼ毎年旅行に行っていたのでそれが代替?になったが、今は遠出が不可能な生活環境となっている。

 今さら祝う年でもないが、大雨にでもならない限り、この日を通常とおりに過ごしてはやはり悔いが残りそうなので、振替休暇をとって都内のかねてから行きたいと思っていた場所に足を運ぶことにした。


 朝食をとり、11時少し前に自宅を出発、バスと地下鉄を乗り継いで四谷で下車、予約を入れた最初の目的地・迎賓館赤坂離宮を目指す。今より少し若い頃、この地の語学スクールに一時期通っていた。当時はJR線を利用し、記憶に残る町並みとはずいぶん変わったように思うが、それでもやはり懐かしい。

 駅で聞いたとおりに進むと、ほどなく前方にあの瀟洒な正門と建物が見えてきた。

 西門に回り、手荷物検査を受けた後、第2事務棟内のロッカーに荷物を預け、案内のDVDを見ながら汗をとり、本館へと向かう




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# by nene_rui-morana | 2018-05-27 17:36 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

二件の訃報に接して

誕生日の前後に、二件の訃報に接しました。

幼き日、カレーのCM等により、アイドル時代の西城さんのファンになりました。毎週ほぼかかさず見ていたテレビ番組にも、よく出演されていました。

後に歌謡曲が好きでなくなりましたが、西城さんの活躍を見ながら同じ時代を生きてきました。

追悼番組で若い頃の映像を見て、あらためて、歌唱力がありダイナミックなパフォーマンスも絶品だったと感じています。


小学生の頃に放映され、その後の人生を決定づけられるほど大きな存在となったテレビ番組に、星由里子さんが出演されていました。控えめだけれど芯が強い女性像が持ち味だと自分は思っていますが、このドラマでは年の離れた夫を尻にひく勝気な後妻の役を、あの美貌で演じられました。世代の近い父は、ファンというわけではありませんが「美人だし演技も上手い。」と言っていました。

自分にとっては忘れることのできないこの番組の、メインキャストの多くが、旅立たれました。


時代を牽引した方の訃報に接する度に、自分の中でも幕が下りたことを実感します。

つつしんで、ご冥福をお祈りします。


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# by nene_rui-morana | 2018-05-19 21:53 | Comments(0)

2018年5月18日

 私事で恐縮ですが、本日、年齢を重ねました。

 職場でも家でもやるべきことはたくさんありますが、一年に一度のこの日を普通に過ごすのは少々悔しいので、今日は振替で休みをとりました。

 朝はいつもより少し遅く起き、先ずは予約をしておいた赤坂の迎賓館に行きました。かねてから見学したいと思っていたので嬉しさはひとしお、予想にたがわぬ素晴らしさで感激しました。

 その後は地下鉄に乗り、築地場外市場で好物の寿司の昼食をとった後、築地本願寺でこれも以前から切望していた敬愛する酒井抱一の墓参をしました。

 勝鬨橋を往復し、旧外国人居留地界隈を案内表示を見ながら散策し、有楽町に出ました。

 夕食は予約しておいた誕生日特典のある店で、洋食、サワー、バースデイプレートで、美味しく祝ってもらいました。

 今の自分にとっては、満足できる誕生日だと思います。

 写真も撮りましたが、明日は仕事なので、アップは後日とさせていただきます。


 なお、今年は明治維新150年目、近代史を専攻した自分としては特別な年なので、カテゴリを新たに作り、本稿も含めての多少コジツケ内容もこちらに入れたいと思います。


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# by nene_rui-morana | 2018-05-18 22:38 | 明治維新150年関係 | Comments(0)

運慶 前期

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[副 題] 興福寺中金堂再建記念特別展


[見学日] 2017年10月22日(日)


[会 場] 東京国立博物館・平成館


 表記展覧会が告知された時の喜びは並々ではなかった。

 運慶作品には、金沢文庫その他で開催された展覧会や奈良旅行の際に何度も接しているが、これだけの名品が一堂に会する機会は滅多にない。自分が外せるわけはない。

 当日は近くの東京都美術館で開催中の『ボストン美術館の至宝展』を見た後に知人と合流、平成館へ入館後、休憩コーナーで軽くお菓子をいただき、2階会場へと向かった。

  ※作品名の前のローマ字は、Jは重文、Kは国宝を表します。後方の()内は所蔵、無記入は興福寺所蔵です



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# by nene_rui-morana | 2018-05-09 22:10 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)
 こちらも久々の訪問、最近は開花の時期が少し早まっているようで、GW中に満開になりました。そのためか大変な混雑で、入園待ちの行列が長く本郷通りにのびていました。
 薔薇は本当に綺麗でした。
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# by nene_rui-morana | 2018-05-08 09:28 | 季節の風物詩 | Comments(0)
 久々に見た牡丹、爽やかな五月晴れの下、見事に咲き誇り、清々しい気分を満喫させてもらいました。

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# by nene_rui-morana | 2018-05-07 10:05 | 季節の風物詩 | Comments(0)

★第二章 絵と写真との出会い

 本章のスタートは幕末から明治初期に描かれた浮世絵、多くは過去に見ている。歌川芳藤作【開化旧弊興廃くらべ】はとても楽しく、時代を表すという点からも興味をそそられた。


 古写真好きの自分には、【東京名所写真帖】【写真帖】などの展示はこたえられない。

 一方で、これらの写真が面影を伝える江戸時代に制作された【東都歳時記】や広重の風景版画なども、もちろん大好き、あわせて見られた感激は計り知れない。

 明治期の人物画は、「浮世絵と写真の折衷作」といった印象を受けた。

 【故内務(郷)卿贈正二位右大臣大久保利通公肖像】【高貴徳川継絡之写像】は江戸博がたつこの地で生を受けた小林清親の作品、彼は幕臣で、明治維新後は徳川家の転封に従って一時静岡に行っている。

 横浜での展覧会で感銘を受けた五姓田芳柳や渡辺幽香の作品も出展されていた。かの高橋泥舟が賛を寄せている作品もあった。


 国貞の【江戸名所百人美女】も大好きなシリーズ、ぜひ全部を一度に見たい。パネル展示されていた一眞の【凌雲閣百美人】はこれに触発されたのだろう。

 酒井抱一編【光琳百図】【光琳百図後編】【乾山遺墨】も出展されていて、大変嬉しかった。

 松平定信が政治家として優れていたかは疑問があるが、【集古十種】の編纂は高く評価する。


 後半には、横山松三郎が撮影し高橋由一が彩色した写真が登場する。雄大なパノラマ写真もあった。これらの撮影を命じたのは太政官少史・蜷川式胤、彼が刊行した【観古図説】(個人、当館寄託)も展示されていた。

 【国華余芳 写真帖】(国立印刷局 お札と切手の博物館)は、1879(明治12)年に大蔵省印刷局が行った古美術調査の成果物、こちらも多分見たことがある。関西の寺社や日光など、自身の記憶と重ねて熱心に見入った。太平洋戦争末期の空襲で焼失した名古屋城の天守などは、写真という媒体のありがたさを実感させられる。



★第三章 泥絵・ガラス絵・写真油絵-時代が生んだ不思議なモノ-

ガラスケースに司馬江漢の【西旅旅譚】と葛飾北斎の【画本彩色通 初編】が展示されていた。両名とも洋風画作品に取り組んでいる。

 続いて、幕末~明治期に描かれた西洋画・油絵を堪能した。もちろん、国貞の弟子・歌川貞秀の作品も展示されていた。


本章で注目したのは「ガラス絵」、ガラスの裏から通常とき逆の手順で塗り重ねたもの、伊藤若冲が裏彩色を用いていたこいたことは知られているが、明治期には引き手金具やビーズ皿などにガラス絵が見られる。

 かの横山松三郎は「写真油絵」が始め、同門で米国留学中に着彩写真に出会った2代目鈴木真一と共に研究を重ねて完成させた。印画紙の表面の画像だけを薄く残すように裏の紙をはがし、そこに裏から油絵具で着彩するというもの、他の写真師と同様に絵心のあった横山だからこそ成功した技法だろう。

 横山の【自画像】(個人)はアイヌを思わせるものがあった。本展覧会のポスターやチラシに用いられた【丁髷の男と外国人】(個人)も横山の手で成る。鈴木も見事な作品を残している。

 横山の弟子でやはり画家でもあった小豆澤亮一は、専売特許条例が施行された8日後の1885(明治18)年7月9日に特許を出願し、10月に取得した。会場には、小豆澤の風景写真や人物写真、広告なども展示されていた。特許の期限は15年間だったが、小豆澤は取得後5年で没し、写真油絵の希望は忘れられた。素人説だが、別のカラー写真の技法が開発されたのも写真油絵が幻となった一因と思う。

 小豆澤は、1887(明治20)年に開催された東京府工芸品共進会の出品作品を写真油絵で再現した。この【小豆澤写真油絵】には、浅井忠、濤川惣助、柴田順蔵(是真)、石川光明、跡見玉枝、正阿彌清二郎ら、そうそうたるメンバーが名を連ねており、見応えがあった。

 展示のフィナーレは、相撲の浮世絵と写真、締めは横綱・白鵬の平成21年11月場所優勝額だった。両国国技館やJR線両国駅で他の力士の優勝額を見ている。佐藤寿々江氏は半世紀に渡って優勝額の彩色を手掛けられてきたが、数年前に引退されるニュースに接した。現在はインクジェットプリントが用いられているとのこと、私が愛する「刷り物」の歴史を体感する展示だった。なお、白鵬関の優勝額は個人所蔵となっていた。



≪感想≫

 冒頭に記したとおり、自分が大好きな浮世絵と写真の二本立て企画である本展覧会は、実に嬉しく有意義なものだった。

 前期には足を運べなかったが、大好きな浮世絵とあわせて、レンズが、カメラが捉えた大好きな19世紀への時空旅行を体感できた感激は、計り知れない。

 例によってアップまでに多くの日数が経過してしまったが、図録を見直しながら本稿をまとめ、実に素晴らしい展覧会だと再確認した。

本展覧会が開催されていた時、恵比寿の東京都立写真美術館は休館していたので、その点でも古写真ファンにはありがたい企画だった。

今後も近場で古写真に関する展覧会が開催されるなら、可能な限り足を運びたい。

なお、当日のメモによると、この日の夕食はポイントを利用してとったようである。


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# by nene_rui-morana | 2018-04-25 14:29 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

[会期] 2015年11月10日(土)~12月6日(日)


[会場] 江戸東京博物館



 自分にとってハズせない要素二つを盛り込んだ表記特別展、行かずにすむわけはない。会場となる江戸東京博物館は、浮世絵と写真のコレクションが充実しているので、期待は大きい。

 ※人名や作品名等は現物は旧字体のものが多いのですが、本稿では原則常用漢字で記します。作品後の()は所蔵者、未記入の所蔵者は当館です。



★プロローグ

 スタートは、江戸前期に制作された【上野浅草図屏風】【邸内邸外遊楽図屏風】、多分過去に見ていると思う。



★第1章 日本の絵と渡来した写真-二つの世界-

 本章のスタートは大好きな歌川広重作【名所江戸百景 亀戸梅屋鋪】、以後も見覚えのある浮世絵の展示が続いた。【】【】など、広重の美人画も出展されていた。

 3枚続きの【7代目市川団十郎芝居姿絵】は我が歌川国貞の師・初代豊国と作、賛は「暫」が桜川慈悲成、「助六」が近くの❝すみだ北斎美術館❞所蔵作品で注目された烏亭焉馬、「男之助」が大田南畝という豪華な面々、本稿執筆にあたり図録であらためて見直すと、実に素晴らしい作品だと感じる。同時に、国貞と葛飾北斎、ひいては酒井抱一は面識があったという自分の中の推論が現実味を帯びてくる。

 広重描く美人画、【名所江戸百景 高輪の秋月】【東都名所年中行事 四月 日本橋初かつを】も展示されていた。


 歩みを進めると、展示は写真へと変わる。

 まず目に入ったのは、上野彦馬らが出版したマニュアル、展示されている初期の写真はサイズが小さい。

 ケースに入った下岡蓮杖の【旧江戸城(スティルフリードルアルバム)より】(日本カメラ博物館)の中の「水道橋」は「THE AQUEDUCT」と表記されていた。

 その後も、蓮杖や内田九一らの写真展示が続く。

 【東京 芝の増上寺・二天門】(川崎市市民ミュージアム)には左下に洋装の九一自身が写っている。話はずれるが、最近、同じく洋装の九一と思われる男性が写された明治初期の別の写真を見る機会があった。場所は現在の都内東部、解説をしていただいた方は「明治の初めは洋服は高かった。経済的に成功していた九一である可能性は高い。」と話されていた。当時の洋服は現代のシャネルのようなブランドだったのかもしれない。

 日本カメラ博物館からは、九一が撮影した江川太郎左衛門、勝海舟、福沢諭吉ら歴史上有名な人物の写真も出展されていた。

 【ニエプス氏写真発明百年記念絵葉書】には、写真功労者として、蓮杖、九一、上野彦馬の肖像写真が、彦馬の写真機と共に掲載されている。これは雑誌『アサヒグラフ』の主催で1925(大正14)年の開催された写真百年祭に発行されたもので、このイベントの情報に他所で触れた記憶がある。

 【東京商工博覧絵 第二編下】は、1885(明治18)年当時の東京の商家の店構えや店頭の様子を銅版画で描いた案内本、九一の死後に営業を続けていた「九一万年堂」ま掲載されている。洋風の画風に店のロゴマークなども入り、近世近代折衷の作品として注目した。

 展示は少し後の時代に活躍した写真師へと移る。フレームや写真裏面等に注目させられる写真も多い。

 【東京九段坂鈴木真一写真館領収書】は写真館案内ロゴ?が印刷された袋も展示、貴重かつ私好みの史料で大変嬉しかった。真一が撮影した【永井壮吉】は四歳六か月の家風、【永井久一郎】はその父、真一館の撮影料は高額だったそうで、若き日にフランス留学もした荷風の実家はかなり裕福で写真好きであることがうかがえる。

 江崎禮二、中島待乳、等々、お馴染みの面々が続く。多くの赤ん坊を写した江崎の複数のコラージュ写真は圧巻、大型の【永代橋】も雄壮で見事だった。

 小川一真も、大久保一翁や福沢諭吉など歴史上の人物や、荷風の家族写真を撮影している。今回、幼い頃の荷風、その両親、弟、祖母の写真を、荷風ゆかりの墨田区内で見られたことは自分ににとって大きな収穫だった。印刷業も手掛けた一真の写真館の割引切符や定価表なども出展されていた。

 日本の写真のルーツは長崎や横浜だが、少し時代が下がると都内の、当館に程近い場所を拠点に活躍した写真師が複数いる。移転はしているが、この後に登場する横山松三郎は両国や上野に、下岡・江崎・中嶋は浅草に写真館を構えた。

 江崎の1903(明治36)年の【年賀葉書】は、江崎と息子・清が挨拶する姿が写真ではなくイラストで描かれ、「明治三十六年一月一日 東京市浅草公園地 江崎禮二 同清」と明記されている。江崎は1890(明治23)年に竣工した「凌雲閣」建設にも尽力した地元の名士だったという。


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# by nene_rui-morana | 2018-04-23 15:25 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

 開催を知った時の決意通り、2016年10月26日(木)に表記展覧会への3度目の訪問を果たした。

 この日も、夢の其一ワールドに酔いしれた。

※作品名後()内は所蔵元、書いていないものは個人蔵です。



 【蓮に蛙図】(メトロポリタン美術館フィッシュバイン・ベンダーコレクション)、【源三位頼政図】、【癸巳西遊日記】(京都大学附属図書館谷村文庫)、【十二カ月花鳥図扇面】(ファインバーグ・コレクション)、【水辺蘆鴨図】、【初荷入船図】(細見美術館)、等々、今回も魅了された作品は数知れない。

 【文政三年諸家寄合描図】(メトロポリタン美術館パッカードコレクション)は自分の中で最高ランクの美術作品となりそうである。


 描表装は其一作品の大きな魅力の一つ、今回も思う存分満喫させていただいた。

 【桜花返咲図扇面】(細見美術館)は、清楚な桜と鮮やかな朱色の虫食い紅葉とのコラボが、実に心憎い。

 【業平東下り図】(遠山美術館)は現代的な描写の富士山が印象深い。


長男・守一の作品が堪能できたのも、本展覧会の大きな喜びだった。

 【石橋・牡丹図】、【秋草に鶉水月図】、父と同じモティーフの【業平東下り図】(細見美術館)、等々、彼の作品も実に素晴らしい。

 【月に秋草図】(岡田美術館)は其一との夢の親子コラボ作品、守一が描いた秋草と描表装は実に味わい深い。


 【白椿に楽茶碗花鋏図】は以前に他の展覧会で3つのモティーフの絶妙の配置に感嘆した記憶がある。所蔵する細見美術館は、京都を訪れた際に前を通ったが未だ訪問は果たしていない。いつになるのか到底分からないが、再び京都を訪れる日があったら、承天閣美術館とあわせて展覧会を鑑賞したい。

 【四季花鳥図屏風】も私好みの作品、本展覧会からしばらくして、所蔵する東京黎明アートルームに足を運んで再会を果たした(記事はいつかアップします、冷汗)。



 本展覧会は、近年とみに其一に魅せられ、大ファンの階段を昇りつめている(?)自分にとっては、心躍る待望の企画だった。予想にたがわぬ素晴らしい作品が目白押しで、月並みながら自分の拙い文章では表現できない。

 見学から長い日数が経過してしまったが、本稿をまとめるにあたって購入した図録を見直して、本展覧会と其一作品の素晴らしさを再確認した。この図録は今後の自分の座右の銘となるだろう。

 今後これだけの其一作品が一堂に介することはおそらくないと思うので、その点でも大変貴重な機会をものにできて、とても嬉しく思っている。各作品と個別に再会する日を切望してやまない。

 なお、感動を共有できる知人と共に鑑賞したのだが、2回目か3回目か思い出せない。

 


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# by nene_rui-morana | 2018-04-16 13:48 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

趣味の史跡巡り、美術展鑑賞などで得た感激・思い出を形にして残すために、本ブログを立ち上げました。心に残る過去の旅行記や美術展見学記なども、逐次アップしていきたいと思います。


by nene_rui-morana