鑑賞した展覧会2017

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# by nene_rui-morana | 2017-06-25 18:20 | 記事作成中(近日中アップ予定) | Comments(0)

東京二十三区内のツバメ

 半月ほど前、近くのレストランで昼食をとった後、近所のビル1階の駐輪場から出ようとすると、頭上を一羽のツバメが屋外へと飛んで行きました。

 驚きながら「どこに巣が?」と見回すと、出入り口近くの天上の一角に発見、中にはひなが数羽、親鳥がエサを運んで来る度に大きな鳴き声をあげていました。

 都会のツバメが激減したとのニュースに何度も接しているので、こんな身近に新たな巣と命を見出し、けっして大袈裟ではなく感動しました。

 自分が子どもの頃、表通りの商店の軒先にはツバメの巣が何個かあり、春になると付近の電線には必ずツバメが何羽かとまっていました。しかし今は店もなくなり、生活圏内でツバメを見ることはなくなりました。

 記憶に残っている光景は四半世紀前のGWに津和野を訪れた時、多くのツバメが子育ての真っ最中で飛び交っていました。

f0148563_20545642.jpg 今回、巣を作ったのは屋内、オーナーさんの善意で撤収されずにすんでいるようでした。ここなら天敵のカラスにも襲われず子育てできそうだなと思いました。携帯で撮影しましたが、残念ながらブレてしまっていました。

 数日後に再び訪れると、既にほとんどのヒナは巣立ったようで、一羽だけ残っていました。この時もあまりいい写真は撮れませんでした。

 来年以降も再び会えることを楽しみにしたいと思います。


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# by nene_rui-morana | 2017-06-19 21:57 | 季節の風物詩 | Comments(0)

特別展 快慶

[副題] 日本人を魅了した仏のかたち


[会期] 平成29年4月8日(土)~6月4日(日)


[会場] 奈良国立博物館



 鎌倉時代の天才仏師・快慶は、今の自分には最高の御贔屓芸術家、都内や近郊でその作品が公開される時は可能な限り足を運び、その度に陶酔にひたった。

 その快慶の作品が一堂に集結した表記展覧会はまさに理想そのもの、東京国立博物館で入手したチラシには、過去に見たものから未だ作品名も知らないものまで魅力的な彫像写真が掲載され、興奮はピークに達した。ぜひとも、何としても、足を運びたいと思った。

 以前の自分なら、GWに何としても時間をつくり、奈良に足を運んだだろう。しかし、東日本大震災を機に生活は激変し、かつてはかけがえのない趣味だった旅行は現在の自分にはほぼ不可能となっている。

 それでも、限りなくゼロに近い可能性に望みをつないできたが、父が入院して以降に儚く散った多くの夢と同様、今回も叶うことはなかった。

 残念ながら東京への巡回はなさそうだが、未来に希望を託したい。


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# by nene_rui-morana | 2017-06-18 21:32 | 幻の展覧会 | Comments(0)

2-5あそぶ

 自身は全く嗜みはないが、最近の展覧会で香道に関心をそそられているので、【香道具 香札箱・銀葉盤】には注目した。

 ミニチュア好きの自分には、【ままごと道具(茶道具)】のような展示はたまらない。

 【双六「投扇興点式双六応用」】も、ゲームのやり方は分からないが見るだけでも楽しい展示だった。

2-6 いのる

 【縁起熊手】は、浅草寺裏での、おそらく現在も毎年ニュースで取り上げられる鷲神社の酉の市でモースが買ったもの、国貞の浮世絵の記憶と重ねて見た。

 【愛宕大神 御札】【護符など】も、自分には興味深い展示だった。

イラスト[仏教の墓、神道の墓]には、漢字も記入されている。モース自身が書いたのか、それともこの部分だけ身近な日本人に記入してもらったのだろうか。




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# by nene_rui-morana | 2017-06-06 21:27 | 旧展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

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      [副 題] 江戸東京博物館 開館20周年記念特別展 

      [見学日] 2013年9月21日(土) 

      [会 場] 江戸東京博物館

 

 アップは前後してしまったが、表記展覧会は先にまとめた≪よみがえれ!シーボルトの日本博物館≫より先に見ている。長時間が経過したため展覧会を知ったいきさつは覚えていないが、おそらくはチラシかポスターを見て、現在の自分が最も関心をそそられる「19世紀の日本に関わった外国人」がテーマなので、即座に見学を決意したのだと思う。

 ※展示作品の次のローマ字は所蔵先を表します。

   P=ピーボディー・エセックス博物館、U=東京大学総合研究博物館、

   E=江戸東京博物館、M=ボストン博物館




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# by nene_rui-morana | 2017-06-04 15:50 | 旧展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

2017年5月18日

 私事で恐縮ですが、本日また、年を重ねました。

 

 以前、多少身辺に余裕があった時は、誕生日が平日なら休みをとり、外出などして思い出づくりをしていました。父が病気になってからはそれも難しくなりました。本日は月に一度の絶対に休めない日のため、日中は普通に淡々と業務に取り組みました。本日限定のサービスもいろいろあったと思いますが、調べる余裕もありません。

 ただし、定時にあがらせてもらい、家族が買ってくれた大好きな薔薇の花を飾り、夕食はやはり好物のお寿司をいただきました。この後は少々奮発したケーキをいただきます。


 明日からも、当然ながら通常通りの勤務です。今週は土曜日も出勤です。

 近日中に会期が終わってしまう展覧会が何件かあるので、来週以降、調整をして足を運びたいと思います。ちなみに、本日は「世界博物館の日」、自分に相応しいなと思っています。

 あわせて、年度末の多忙で中断していた歯科医への通院も、早いうちに復活?しなければなりません。老眼も急速に進んでいるので、眼科にもお世話になりそうです。


 ともあれ、空襲から逃れ戦後の過酷な時代を生き抜いて命をつないでくれた天国の祖父母と父、そして難産で病気をもって生まれてきた自分を苦労して育ててくれた母に、心より感謝して、今日という日を過ごします。


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# by nene_rui-morana | 2017-05-18 20:30 | Comments(0)

第4章 ようこそシーボルトの日本博物館へ

待望のコーナーに胸が高鳴る。※本章の展示の所蔵は全てMFK

シーボルトの日本コレクションの展覧会は、アムステルダム、ヴェルツブルク、ミュンヘンで開催された。彼自身はこれを、しばしば「日本博物館」と呼んでいる。

 スタートは、「アムステルダム日本資料展覧会」の展示の再現、参考になった木工木版画によるイラストも出展されていた。【花鳥図衝立】の他、燈篭、仏像、香炉などを展示、【僧形坐像】は小さいながら非常に写実的で、モデルがいたのではないかと思った。

続いて、工芸品、日用品、模型、人形、僧侶の肖像、地図、書籍、等々、次々と目に入ってくる。シーボルトが直に目にした当時の日本の様子が伝わってきて、興奮は最高潮に達した。シーボルトの関連年表も展示されていて、鳴滝塾を開いた時は28歳だったことを知った。



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# by nene_rui-morana | 2017-05-15 21:30 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

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    [会 期] 2016年9月13日(火)~11月6日(日)



    [会 場] 江戸東京博物館・1階特別展示室



 表記展覧会の特集番組がテレビ放映された時、国立歴史民俗博物館での会期は終了間近だった。自分にとっては大変魅力ある内容だったが、やや遠い千葉県佐倉市まで足を運ぶ余裕はなく、文字通り泣く泣く諦めた。

 それだけに、都内の江戸東京博物館に巡回すると知った時の喜びと感動は並々ではなかった。

作品名の後に記したローマ字は所蔵を示します。

S=SAB(フォン・ブランデンシュタイン=ツェッペリン家、シーボルトの子孫)

M=MFK(ミュンヘン五大陸博物館) 




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# by nene_rui-morana | 2017-05-13 17:25 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

2017、私のゴールデンウィーク!

変則勤務で飛び石出勤があり、家庭の事情で遠出も出来ないため、例によって近所の展覧会に足を運びました。
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 少しですが、季節の花も見てきました。とても綺麗で心癒されました。
【亀戸天神・藤祭り】
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【上野寛永寺・牡丹祭り】
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# by nene_rui-morana | 2017-05-07 17:45 | Comments(0)

Ⅹ 首飾り事件

この事件は『ベルばら』に詳しく描かれているので、読者には良く知られている。

 展示作品【ルイ=ルネ・エドゥアール・ド・ロアン=ゲメネ枢機卿、ストラスブール大司教】により、ロアン大司教のフルネームと容貌を知った。他に、【ベメールとバッサンジュによる王妃の首飾りの正確な写し】などが出展されていた。

 半世紀ほど前に復元された問題の首飾りの複製も展示、真珠やダイヤをちりばめた豪華絢爛なジュエリーだが、これを好む人はあまり趣味が良いとは言えないと自分は感じた。貧乏人のひがみだが、首肩背中の筋力が衰えている自分はこんな重い装身具はとてもつけられず、頼まれてもつけたくない。

 宝石商ベメールが最初に営業?に赴いた時、「そんなお金があるならダイヤではなく軍艦が必要。」ときっぱり断っていることからも、アントワネットは母の政治力には及ばないにしても国家の現状を全く把握していなかったわけではないと思う。



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# by nene_rui-morana | 2017-04-30 22:00 | 展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

[副 題] 美術品が語るフランス王妃の真実


[見学日] 2017年1月30日(月)


[会 場] 森アーツセンターギャラリー


同世代の多くの女子と同様、自分も『ベルサイユのばら』(以下『ベルばら』と略)と共に小中学生期を過ごした。単行本はもちろん全巻持っているし、宝塚の舞台もライブは1度だけだがテレビは何度か見た。中高は女子校だったのでクラス内でも『ベルばら』はずいぶん話題になった。年齢に沿って、マリー・アントワネットやフランス革命に関する書籍はずいぶん読んだ。

 マリー・アントワネットに関する展覧会には過去に2回見ている。最初は連載終了後間もない中学生時代に都内某デパートで開催された展覧会、この時は途中で亡父も合流した。2度目は時を経て今世紀の最初、こちらはほどなく人生最大級の悲劇に襲われたため直前の記憶が曖昧となり、後日身辺整理をした時にチラシや半券が見つかって行っていたことが判明?した。

 マリー・アントワネットの生涯と彼女が生きた時代は個人的には非常に興味をそそられるので、表記展覧会の情報を得た時は即座に見学を決定した。会期も開館時間も長いので比較的のんびり構えていたが、第4四半期に入って様々な用事がたてこみ、不測の事態もありえるので、時間が確保できた日に足を運んだ。

 当日は地下鉄で六本木に出た後、何度か利用した金券ショップでチケットを購入し、会場近くの店で昼食をとった。

 平日だったかなり混雑しており、チケットを購入していったのは大正解だった。会場の森アーツセンターギャラリーは高所恐怖症の自分は正直あまり好きではない。特に以前はロッカーも展示リストもなく不満を感じていたが、この点は現在は改善されている。



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# by nene_rui-morana | 2017-04-23 22:00 | 展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

噫横川国民学校

少し時間が経過してしまったが、3月9日(木)放映の「昭和の選択」で、井上有一氏(以下「有一」と敬称略させていただきます)の表記作品が取り上げられた。個人的に大きな感銘を受けたので、感想等を記したいと思う。


 20世紀を代表する前衛書道家・井上有一(1916年~1985年)の名を、恥ずかしながら私は今回初めて知った。その生涯と偉大な業績については関連書等が多く出版されているので、ここには詳しく記す必要はない。

 【噫横川国民学校】は有一晩年の代表作、1978年に発表された。現在は群馬県立近代美術館が所蔵している。

 舞台は、昭和20(1945)年3月10日、当時の東京市本所区にあった横川国民学校、現在の住居表示は墨田区東駒形四丁目、東京スカイツリーに程近く、現地に今もある横川小学校では地元の学童が学んでいる。

 当時教師だった有一は前夜より宿直として校内に詰めていた。そこで、太平洋戦争下、特に甚大な被害がもたらされた戦禍に遭遇することになる。



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# by nene_rui-morana | 2017-04-17 08:15 | 東京スカイツリーの町から | Comments(0)

[会期] 2013年10月10日(木)~12月29日(日)


[会場] 石橋財団ブリヂストン美術館



 どういう経緯で表記展覧会を知り、足を運ぶことになったのか、その後にあまりに大きな出来事が多く発生し時間も経過したため、覚えていない。

 ギュスターヴ・カイユボット(1848年~1894年)は印象派を代表する画家だが、日本では駆け出しの頃の印象派を支援した富裕なパトロンとして知られている。自分もカイユボットに関してはこの程度の知識に加えて作品は【床削り】くらいしか知らなかった。しかし、表記展覧会の頃までにはテレビ番組で他の作品にも接し、関心をそそられていたので、日本初の大規模な回顧展という貴重な機会を逃すわけにはいかないと、大変な時期だったが何とか時間を作って会場に足を運んだのだと思う。

 鑑賞日時は正確には記録していないが、12月23日以降であるであることは確認できている。当日はけっこう混雑していて、チケットを購入するのに列に並んだ記憶がある。



Ⅰ.自画像

 最初の章には3点の自画像が展示されていた。カイユボットの自画像は数が少ないので、貴重である。



Ⅱ.室内、肖像画

 本章には、カイユボットの家族の肖像の他、彼と同じブルジョア階級の生活を伝える作品が展示されていた。

 家族や執事が登場する【昼食】は、手前の皿を真上の視点から描いている。

 【マルシャル・カイユボット夫人の肖像】は母・セレストの肖像、この作品が描かれた翌1878年に58歳で亡くなっている。

 モデルと同様に、描かれた調度や窓外の景観などにも興味をそそられた。



Ⅲ.近代都市パリの風景

 カイユボットが活躍した時代には写真が登場、都会の生活のひとコマを切り取りアレンジして描いた本章の作品は、後述する弟マルシャルと同様に彼も写真の影響を受けたことがうかがえる。大改造前の街の様子が手にとるように伝わってくる。

 テレビ番組でも紹介された【ヨーロッパ橋】【建物のペンキ塗り】【室内-窓辺の女性】などは自分も注目させられた。【パリの通り、雨】は、小林忠先生のお話によると葛飾北斎作品の影響を受けているという。

 また、印象派展のカタログ数点も展示されていた。



Ⅳ.イエール。ノルマンディー、プティ・ジュヌヴィリエ

 カイユボットは都市の風景の他に、自然風景も描いていて、こちらも心に残る。本章に登場するのは、イエールの11ヘクタールにおよぶ広大な庭園付き別荘や、そこに滞在していた夏季のバカンス時に見た水遊びなどの様子、後に邸宅を建てたプティ・ジュヌヴィリエの景観など、19世紀ブルジョワ階級の生活が伝わってくる。憧れてやまない有閑階級、水辺の風景は心和む。

【セーヌのプティ・ブラ、アルジャントゥイユ、陽光】【セーヌのプティ・ブラ、秋】【セーヌに係留されたボート】などの水面の表現は特に大変素晴らしいと思った。

 【向日葵、プティ・ジュヌヴィリエの庭】の、手前の向日葵と後方の建物の白壁は、少し離れて見ると印象派を思わせるものがあった。



Ⅴ.静物画

 静物画も描いていたカイユボット、【キンレンカ】はどこか酒井抱一の作品に似ているように感じた。



Ⅵ.マルシャル・カイユボットの写真

 カイユボットより5歳ないし6歳年下の弟マルシャルは、パリの官立高等音楽院(コンセヴァトワール)出身の音楽家、第Ⅰ章に展示されていた【ピアノを弾く若い男】は彼がモデルともいわれている。作曲も手掛けているが、恵まれた環境ゆえに、むしろ趣味の船遊び・切手蒐集・ガーデニングなどに重きを置く生活を送った。義兄の影響で写真を学び、近代都市パリとその郊外の姿や、家族や友人など身近な人々を多くの写真におさめた。

 本展覧会でカイユボットの貴重な作品と同様に特に関心をそそられたのが、このマルシャルと彼が撮影した写真だった。現在の自分にとって、この人の生活はまさに理想そのもの、労働の義務から解放されて趣味に没頭できる人生は自分には叶わぬ夢、心中に蔓延する羨望感に溜息をつきながら、展示を次々と見ていった。

初期写真は個人的には大変好きなジャンルなので、本章の展示も貴重なカイユボット作品と並んで自分にとっては魅力あふれるものだった。兄が見て描いた景観が、時代が、そこに広がっている。

 本展覧会を鑑賞して自分は、カイユボット兄弟に、やはり趣味に生きた徳川慶喜と弟・昭武と相通じるものを感じた。写真という共通の要素があったこともその思いを強くした。偶然にもマルシャルと昭武の生没年はほぼ同じ、同年生まれのゴッホは彼らより10数年早く世を去った。



★コレクション展示

 この日は、カイユボット作品とあわせて、当館の所蔵作品も展示されていた。本展覧会の少し前に印象派の展覧会複数に足を運んでおり、そこで感銘を受けたピサロやシスレー、シニャックらの作品に再会できて、大変嬉しかった。



≪感想≫

 先述したとおり「印象派のパトロン」としての認識しかなかったカイユボットが、19世紀フランスを代表する画家であることを多くの貴重な展示作品を通じて知ることができて、自分にとっては大変有意義な展覧会だった。彼が生き、描いた19世紀は今の自分が最も興味をそそられる時代なので、受けた感銘は非常に大きい。弟マルシャルが撮影した写真も自分にとってはサプライズであり、心躍る展示だった。

 本展覧会の開催期間中に父は手術を受け、会場に赴いた時は術後の療養中だった。手術前には危険を伴うことを告知されていたが、術後の経過は良好だったので、年明け後しばらくはやや楽観できる毎日だった。

 年度末には、看護の真っただ中に予想も希望もないまま突然告知され、月に数十時間のサービス残業を強いられる職場から異動の決まり、ようやく看護と仕事の両立に少し余裕が出来そうだと新たな年度をスタートさせた直後、父は突然旅立った。

 父の存命中に鑑賞し、過酷な日々の心の支えとなった展覧会の記事の多くが、まだアップできていない。現在は当時とはまた違った課題や責務を多く抱えてせわしない毎日が続いているが、なるべく早くまとめあげたいと思っている。


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# by nene_rui-morana | 2017-01-21 16:40 | 旧展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

[見学日] 2017年1月7日(土)


[会 場] すみだ北斎美術館



 「すみだ北斎美術館」開館記念の表記展覧会は、前後期で展示の入れ替えがある。前期は開館日に足を運び、貴重な機会なので後期もぜひ見学しようと決心した。

 近年は正月2日からオープンする美術館等が増えており、正月ならではの催しもある。今年も冬休み中に一度くらい、どこかに足を運びたかったが叶わず、表記展覧会が2017年最初の鑑賞となった。

 少々迷ったが、当館は「江戸東京博物館」や「たばこと塩の博物館」にも近く、今後はハシゴ鑑賞する機会もあると思い、年間パスポートを購入した。

 まだ学校の冬休み中ということもあり、会場内は中学生以下も含めて、かなり混雑していた。

 常設展示室は今後の来館時にも見られるので軽く流し、企画展示を中心に見た。



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# by nene_rui-morana | 2017-01-14 17:48 | 東京スカイツリーの町から | Comments(0)

鑑賞した展覧会2016

     カテゴリのタイトルを変更しなければと痛感するこの頃です。

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# by nene_rui-morana | 2017-01-14 14:42 | 記事作成中(近日中アップ予定) | Comments(0)

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 表記は「すみだ北斎美術館」の開館記念展、一世紀近く行方不明になっていた幻の絵巻の他、当館が所蔵する数々の名品が見られるとあって、期待も並々ではなかった。

 開館当日の2016年11月22日は火曜日だったが午後は休暇をとって現地に赴いた。

 常設展を見た後に2階の展示室へと移動する。


序章|北斎のイメージ

 最初のコーナーには、北斎の伝記として有名な飯島虚心作【葛飾北斎伝】やその袋などが展示されていた。参考図版として、よく知られている溪斎英泉作【北斎肖像】や、常設展示の北斎アトリエの元となった露木為一作【北斎仮宅之図】のパネルも見られた。

【葛飾北斎像】の作者・伊藤晴雨は近年その名を知った墨田ゆかりの画家、かなり刺激的な作品を多数描いているが、展示されている北斎の肖像画は細部まで丁寧に描写され味わいがある。

 注目したのは天保13(1842)年版【当時現在 広益諸家人名録】、『中島鉄蔵』(記載は旧字体)の名が見られる。これが今日でいうところの戸籍上の氏名、北斎の本名なのだろう。



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# by nene_rui-morana | 2017-01-09 16:46 | 東京スカイツリーの町から | Comments(0)

真田丸

[副 題] 2016年NHK大河ドラマ特別展

[会 期] 2016年4月29日(金祝)~6月19日(日)


[会 場] 江戸東京博物館


 ここ数年、江戸博恒例となっているその年の大河ドラマ特別展には、欠かさず足を運んでいる。表記展覧会も告知後直ちに日程を調整した。

 真田幸村の名はもちろん、ドラマや人形劇などにより小学生の頃から知っていたが、知識や関心は世間一般並み、かなり以前に「幸村は本名ではない。」という記述を目にしたが諱が「信繁」だと知ったのは当館で開催された『大関ヶ原展』の時だった。

 よって当日は、あらたな学習をする気持ちで会場入りした。 ※ ()内は所蔵元、無記入は個人所蔵です。


プロローグ「日の本一の兵」

 展示室でまず目に入ったのが【革製六連銭紋旗指物】、老眼が進む自分には双眼鏡でかろうじて六連銭が確認できた。
 【六連銭紋馬印 真田信繁所蔵】(京都府・高津古文化会館)もその名のとおり六連銭がデザインされていた。当然ながら本会場ではこのロゴを多く目にすることになる。


  1. 「武田と真田」

 本稿を執筆している時点で大河ドラマ『真田丸』は既に最終回を放映されているので、武田と真田との関係はあらためて述べるまでもないだろう。

 威風堂々たる【川中島合戦図屏風】(岩国美術館)は見応え充分、自分にはよく識別できなかったが、右上山中を行軍する別動隊に黒地に白く染め抜いた六連銭の旗指物が見えるという。信繁の祖父・幸綱はこの軍に、父・昌幸は信玄の近侍に加わっていたといわれる。

 武田家は信玄の死後10年ほどで、後継者・勝頼の代に滅亡した。【武田勝頼・同夫人・信勝画像】(高野山持明院)の勝頼像は多くのところで引用されるが、ファミリーポートレート?であることは知らなかった。この夫人は北条家出身の若い後妻で信勝の生母ではない。山岡荘八氏の『徳川家康』では、苦労知らずの姫君だったが最期まで夫に仕え名門出身らしい立派な最期を遂げた女性としてえがかれている。本章には他にも武田関係の史料が何点も展示されていた。勝頼が昌幸に宛てた【武田勝頼書状 真田喜兵衛尉】(長野市立博物館)の花押には見覚えがある。【武田軍使用長槍】(上田市立博物館)の前では「長い!」の声があがっていた。使いこなすには相当の技術が要っただろう。

 【真田昌幸画像】(高野山蓮華定院)は今年テレビで幾度となく放映された。自分も本展覧会見学前に既に知っていたが、予想したよりはるかに小さな作品だった。かなりの老人の容貌のため、信繁の父ではなく93歳まで生きた兄・信之ではないとかいう説もあるらしい。



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# by nene_rui-morana | 2017-01-08 18:00 | 展覧会・美術展(日本編) | Comments(0)

謹賀新年

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 あけましておめでとうございます。
 昨年は想定外の事態に何度も見舞われ、その場その場の対応に追われるまま、年越しとなってしまった感があります。
 多くの課題を積み残し、また新たな課題も発生し、不安を抱えての船出となりました。
 しかし、長らくご無沙汰していた知人から年賀状をいただき、見逃して残念に思っていたテレビ番組が再放送されるなど、ささやかですが良いこともありました。
 最近とみに、健康の大切さも痛感します。
 体調管理に万全をきし、他に迷惑をかけずに責務を全うする、月並みですが年頭の目標です。
 滞るばかりの記事のアップも、マイペースですすめていきたいと思います。

 あらためまして、本年もよろしくお願いいたします。

    2016年  元旦

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# by nene_rui-morana | 2017-01-01 12:41 | Comments(0)

2016年を振り返って

 早いもので、今年も残すところ本日のみとなりました。

 今年も実に様々なことがありました。日本は熊本地震や糸魚川市の大火など多くの災害に見舞われましたが、自分にとっても想定外の激震ともいうべき事態に見舞われ、一時は目の前が真っ暗になりました。今も完全に立ち直れたわけではありませんが、とにかくマイペースで少しずつ前進するしかないと思っています。

 旅行の夢は遠ざかるばかりですが、可能な限り展覧会には足を運んできました。少しでも多くの記事をアップしたかったのですが、滞る一方で恐縮しています。それ以外にも多くの課題が持越しとなりました。

 年明けも早々に待ったなしの仕事等が山積しています。

 年を重ねて、生きるうえでの厳しさが増す一方ですが、来年も自分なりに精一杯取り組んでいこうと思います。最近、アクセス数が増えていることが、大きな心の支えとなっています。

 どうぞ、よいお年を、そして引き続き、来年もよろしく。

    2016年12月31日


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# by nene_rui-morana | 2016-12-31 16:30 | Comments(0)

 初めて訪れた五島美術館でも、自分が最も愛する季節、秋を体感できました。
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# by nene_rui-morana | 2016-12-05 10:20 | 季節の風物詩 | Comments(0)


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 展覧会見学のため訪れた畠山記念館、庭園の紅葉が見事でした。
 旅行と並び、季節の情景を写真撮影するのは大きな楽しみのひとつでしたが、父が病んでからはそれも難しくなっていました。
 久々に季節を体感でき、大感激、心癒されました。






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# by nene_rui-morana | 2016-12-04 13:15 | 季節の風物詩 | Comments(0)

 2016年11月22日火曜日、葛飾北斎生誕地とされる東京都墨田区亀沢に、「すみだ北斎美術館」がオープンした。当日は平日だったが、開館日に訪問できる機会は一生に何回もないので、仕事をやりくりして休暇を取得し、現地に足を運んだ。

 竣工の場所は緑町公園の一角で、江戸時代には津軽藩邸の一部だった。

 当館のオープンではニュース等でも報じられ、近日刊行された北斎関係の書籍でも紹介されたりもしていたので、かなり多くの人がチケット購入の列に並んでいた。

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年間パスポートもあるが、今回は本日の日付入りのチケットを記念に欲しかったので、通常の鑑賞料金で入館した。


 エレベーター(正直、狭い、車椅子の方などは大変だと思う)で4階に上がる。

 このフロアーには常設展示室AURORAと企画展示室がある。まずはAURORAから見学を開始する。

 展示スペースに入ると、まず目に飛び込んできたのは、左壁面上部に展示された巨大な絵馬、【須佐之男命厄神退治之図】、元々は区内・牛島神社に奉納されていたが、関東大震災で焼失し、モノクロ写真だけが残されていたものが、此の度、彩色で復元された。数年前の牛島神社大祭の時に本堂内に入らせていただいてモノクロ写真の絵馬を見た時、「最近は白黒写真や映像の色彩を復元する技術が進んでいるらしいので、この絵馬の彩色もいつか復元されるといいな。」と思った。今回、めでたく願いが実現した。今後は当館に足を運ぶ度に、じっくり鑑賞することとしよう。

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f0148563_15055126.jpg AURORA内の展示作品は高繊細レプリカで、版権がクリアされていない3点以外は写真撮影が出来る。多くの見学者が思い思いに作品をスマホ等で撮影していた。最近は制約を設けつつ写真撮影を許している展覧会が増えつつある。

北斎の展覧会には何度も足を運んでいるので、メジャーな作品はほとんど見ているが、やはり心に訴えるものがある。

北斎展の図録等は何冊も持っているので、自分は写真撮影は特に気に入った一枚だけにとどめた。


 展示室内には当館の研究員の方が立ち、見学者からの質問に応えていた。

 展示室内にはまた、北斎の弟子・露木為一が描き残した【北斎仮宅之図】が再現されている。炬燵布団をかぶって一心に作品を描く北斎、傍らには娘・応為が煙管を手に父を見ている。アトリエ内には描き損じらしき紙屑が散乱している。父娘共に画業以外には無頓着だった事実がうかがえる。


 タッチパネル式の端末で作品を紹介する【北斎絵手本大図鑑】も、時代の適用した非常に良い内容だと思った。北斎の美人画の衣装のデザインなどを選ぶタッチパネルなどは、子どもも楽しめるだろう。この日は小学生の他、乳児を抱いた若いお母さんの姿も見られた。


 4階か3階かは明確に覚えていないが、展示室外のモニターテレビで『よみがえる鮮やかな北斎肉筆画』がリレー放映されていたが、本日は来館者が多く、音声がよく聞き取れなかった。午前中は仕事をしたので疲れており、見ているうちに少々まどろんでしまった。

 これも階数は忘れたが、やはり展示室外の壁面に共同創設者のロゴマーク入りパネルが貼られていた。東武鉄道や花王など地元の企業、オリックス株式会社(「すみだ水族館」の運営母体)、北斎が厚く信仰した区内の柳嶋妙見山法性寺(我が歌川国貞はこの近くで活動していた)などの他、絵馬を復元した凸版印刷のパネルも見られた。今回初めてしったが、凸版印刷は1908年に現在の区内本所一丁目でスタートしたとのことだった。



 当館は江戸東京博物館も程近く、今後も頻繁に通うことになるだろう。開館記念特別展見学もあり、本日は流し見学等にとどめた。


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# by nene_rui-morana | 2016-11-28 16:03 | 東京スカイツリーの町から | Comments(0)

[見学日] 2016年9月16日(金)

[会 場] 国立新美術館 企画展示室2E


 表記展覧会に足を運んだ時期、職場では同僚の病欠や研修による不在が相次ぎ、いつにも増して職員が足りない状態で、当番の交代や臨時出勤を余儀なくされ非常に苦しい状況だった。
 一時は鑑賞を断念しかけたが、招待券をいただいたので貴重な機会は生かすべきだと考え、諸般をやりくりした。
 ただし、時間も体力も厳しい中での鑑賞となったので、心行くまでじっくりととはいかず、ヴェネツィア訪問時の思い出やティツィアーノ作品の再確認程度にとどまった。


 ゴンドラの映像に導かれて展示室に入る。
f0148563_17003495.jpg いきなり、本展覧会の目玉、【聖母子(赤い智天使の聖母)】(ジョバンニ・ベッリーニ作)が目に飛び込んでくる。聖母子や赤い天使もさることながら、背後の風景や雲の表現に注目した。作者については名前程度しか記憶がないが、他所でも作品は見ているだろう。 【聖ヒエロニムスの葬儀】(ラッザロ・バスティアーニ作)にはライオンも描かれていた。
 ヴィットーレ・カルパッチョも登場、作品名は【聖母マリアのエリザベト訪問】、同タイトルの他の画家の作品を他所で複数見ている。

f0148563_15211088.jpg 本展覧会の主役はやはり、ヴェネツィア黄金期に君臨した巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオ、【受胎告知】は非常に見応えがあった。現地で見たのか記憶は定かではない。ドラマチックな表現は巨匠の貫禄がいかんなく発揮されている。【聖母子(アルベルティーニの聖母)】と並んで、今回東京で見られて嬉しく思っている。 【眠るヴィーナスとキューピット】(パリス・ボルドーレ作)には、【ウルビーノのヴィーナス】の影響が感じられた。

 第Ⅲ章にはタイトルのとおり、ティントレット、ヴェロネーゼ、バッサーノなどの作品が展示されていた。

 肖像画も本展覧会の目玉、【男の肖像】(カリアーニ作、本名ジョヴァンニ・ブージ)は本展覧会の中で特に気に入った。モデルの男性はなかなかイケメンで、アングルもいい。


 表記展覧会も、日伊国交樹立150周年特別展、今年は多くの逸品が来日して自分のようなイタリア美術ファンの心を揺さぶってくれた。全ての展覧会に足を運べたわけではないが、今は昔のイタリア旅行を思い出し、あるいは現地で見られなかった作品との対面を果たし、この分野に関しては自分にとって非常に有意義な年となった。
 そして本展覧会が、今年見るイタリア美術展覧会の最後となった。今年東京で見られた名品の数々と現地で再会できる日がいつ訪れるのか、見通しも立たないが、実現に希望を託していきたい。
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# by nene_rui-morana | 2016-11-26 16:58 | 展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

恩師とのお別れ


 19日土曜日、帰宅して夜半にパソコンを立ち上げると前日に大学の友人からメールが届いており、開いてみると後輩からの転送で、恩師が14日に亡くなられたことを知らされました。亡父と同い年で、来月の76歳のお誕生日まで一カ月を残して旅立たれました。

 予定を急きょ変更し、20日の日曜日にはお通夜に参列させていただきました。斎場は自宅から遠い神奈川県内でしたが、幸い穏やかな天候で風もなく、日が落ちてからも寒くありませんでした。
 タートルネックのセーターで微笑まれる遺影を見ると、「やあ、お久しぶり。」とその辺りから出て来られそうな気がしました。
 
 若くして学会から高い評価を受けられた研究家でしたが、飄々としたキャラクターで更にお若く見え、研修旅行で初めてお会いした時はとても助教授とは思えず、助手さんか失礼ながら添乗員かと思いました。別クラスの友人も後日、「写真を見て、あの後すぐに出席しなくなり退学した同期か、引率の大学院生かと思った。」と言っていました。
 二年次のゼミ合宿の打ち上げコンパで初めて近しくお話しした時、「お父さんは僕と同い年なの、なら僕は、もう孫がいてもおかしくない年なんだね。」と話されました。
 講義はかかさず出ましたが居眠りばかりしていた不肖な弟子である私に、もったいないほど丁寧な指導をしてくださいました。卒論で優をいただけたのは、家業やアルバイトとの両立で苦労してきた私への努力点だったと思います。
 卒業後2年間を研究室で事務員として過ごしましたが、未熟で少なからず失敗・失礼をした自分を常に温かく見守ってくださいました。
 現在の職業に就いた後も、旅先からの便りや年賀状には、必ず独特の達筆な字でお返事をいただきました。父が亡くなって喪中通知を出した時も、寒中見舞いをいただきました。今年の2月にいただいた葉書が最後のお便りとなりました。
 父がまだ元気で仕事をしていた頃、肝臓を病んで休職されていると聞き、大変心配していましたが、復職されて定年退職を迎えられ、多くの先輩後輩や友人と共に最終講義とその後の懇親会に出席しました。震災の年に開催された科の創立50年イベントの時も、お元気な姿で挨拶されていました。
 この年に父が発病し、入退院を繰り返すことになりましたが、心の準備をする一方で「先生もお元気になられたから、うちも必ず。」と自分に言い聞かせてきました。
 同じ年ながら、仕事以外のことは何一つしなかった父とは対照的に、先生は家事全般を器用にこなされていました。「週に3回は自分で食事を作る。」と公言され、教授会の後にお酒お菓子で談笑している時も「すいません、今日は女房が留守で子どもの晩飯を作らなければいけないので、これで失礼します。」と帰られたことがありました。
 闘病中の生活態度も全く違いました。父は家族や周囲・お世話になった病院や施設に、身勝手な言動で迷惑をかけ続けました。先生はご病気から復職された後も以前と同じく、神奈川のご自宅と都内の仕事場を往復しながら全てをご自分でこなしておられました。広島東洋カープの大ファンだった先生は、優勝した時は娘さんご夫婦と祝杯をあげられました。それほどお元気でした。入院されて旅立たれるまで2週間、ご病気は肝細胞癌だったと先輩から聞きました。

 父とも、先生とも、これほど早く別れの時がくるとは想像もできませんでした。思い出は語りつくせません。今はまだ実感がわかず、あまり涙も出ませんが、これから少しずつ、もう先生にはお会いできないという現実を感じていくのでしょう。
 お別れの席で、何年ぶりかで、他の先生方、多くの先輩後輩友人に再会しました。大半が大学卒業以来でした。献杯の後、「先生が会わせて下さったのね。」と語り合いました。
 若き日、生きていくうえでなくてはならない人が相次いで11月に突然亡くなり、決して誇張ではなく、瞬時に人生が一変するという経験をしました。今回また、11月は自分にとって追悼の月となりました。

 悲しみ寂しさは計り知れませんが、近いうちに同窓会をしようという話も出ました。
 多大なご指導と、多くの思い出を糧に、明日に向かって進んで行こうと思います。
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# by nene_rui-morana | 2016-11-23 22:15 | Comments(0)

 日本が世界に誇る浮世絵師・葛飾北斎は、西暦1760年に本所南割下水(現在の墨田区亀沢)で生をうけました。近年とみに評価と人気が高まっています。
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 本日、その生誕地に「すみだ北斎美術館」が開館しました。「北斎通り」と命名されている旧割下水沿い、現在は緑町公園となっている津軽藩屋敷跡の一角です。


 江戸東京博物館はすぐ近く、北側には東京スカイツリーも望めます。f0148563_22523100.jpg
 何とか時間が作れたので、本日午後に足を運びました。

 墨田区内巡回バスで現地に到着すると、初日ということでかなりの行列となっていました。外人さんや小学生の姿も見られました。



















 1階のMARUGEN100(講座室)には、多くの花などが届けられていました。
 隣接する図書室では美術書や研究所などが閲覧できます。ミュージアムショップでは、関連グッズや最近刊行された北斎に関する書籍などを販売していました。
 
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 展示スペースは3階と4階、本日は常設展と開館記念展を鑑賞しました。時代や国境を越えて見る者を魅了する北斎の世界に、今回も大変感動しました。感想は近日中に別途アップします。

 展示作品は素晴らしく、今後の活動に大いに期待しています。
 一方で、美術展鑑賞に関してはそれなりに自負している自分の眼には、それなりの課題も感じられました。建物はモダンで瀟洒ですが、エレベーターが狭い、展示スペースに洗面室が少ないなど、機能的でない部分が見受けられました。美術は本気で鑑賞すると疲れて空腹になることもありますが、館内には飲み物の自動販売機しかなく、界隈にも飲食できる店は多くありません。
 墨田は近年、急速に変化しています。当館も、来館者の意見等を今後の運営に生かし、東京を代表するスポットになってほしいと思います。
 

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# by nene_rui-morana | 2016-11-22 11:22 | 東京スカイツリーの町から | Comments(0)

カラヴァッジョ展 ②

Ⅴ.光

f0148563_17054398.jpg本章の、そして本展覧会の大きな目玉、【エマオの晩餐】との感激の対面、この作品を東京で見られる喜びは計り知れない。登場人物の表情、ポーズ、アングル、ドラマティックな表現、光と影の対比、全て完璧、各人の内面まで表している。若く美しい人だけではなく、深い皺が刻まれた老人も描かれている。本作品の所蔵はミラノのブレラ絵画館、ロンドンのナショナル・ギャラリーには同タイトルのよりカラフルな画風な作品が所蔵されているが、自分はこちらの方が良いと感じる。描かれたのは、日本では徳川幕府が開府して間もない1606年、カラヴァッジョ35歳、それ以前より名声獲得とあわせて犯罪すれすれの行動を繰り返してきたが、この年遂にローマで人を殺めてナポリへ逃亡する。その途中でこの作品は描かれた。常識を超越した人生と極限の状況が生み出した不滅の作品といえるだろう。ぐっと胸に迫るものがあり、何度も繰り返し見直した。

 この章には他に、タイトルのとおり「光」を表現する他の画家の作品が展示されていた。個人的にはヘリット・ファン・ホントホルスト作【キリストの降誕】が心に残った。ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作【煙草を吸う男】も嬉しい展示だった。



Ⅵ.斬首

 【メドゥーサ】はカラヴァッジョに関心を抱いて地元の図書館で借りた書籍で知った作品、個人所蔵で盾であることを今回初めて知った。

 本章の作品には、ユディトやダヴィデなど、多くの画家が描いているモティーフが見られた。


 展示室の一角に、≪カラヴァッジョのローマ≫と題した、17世紀初頭のローマの芸術家たちの足跡をたどるパネルが展示されていた。当時の地図に現在の写真が併記されて紹介されている。行っていない場所も多いが、それでも二度の訪問が思い出され、懐かしさで胸がいっぱいになる。シートにして配布してほしいと思った。次回彼の地を訪問できるのは、いつのことだろうか。

 また先述のとおり、刀剣の不法所持や暴行などカラヴァッジョが起こした事件の記録も展示されていた。稀有の画才とあわせて傲慢で卑屈な性格の持ち主だったカラヴァッジョは、本業以外でも歴史にその名を刻んでいることが確認できた。特に有名だという「食堂でのアーティチョーク事件」には注目させられた。1604年4月24日、食堂でバター炒めと油炒めのアーティチョークを4つずつ注文したカラヴァッジョは、どちらがバターでどちらが油が給仕にたずねた。匂いをかげば分かるだろうと応えた給仕にカラヴァッジョは皿を投げつけて負傷させ、傍にあった剣に手をかけたので、給仕は逃げ出して訴えた。非は間違いなくカラヴァッジョにあるが、現代の日本なら給仕の態度もSNSで炎上しただろう。



Ⅶ.聖母と聖人の新たな図像

 地下へと移動する。

カラヴァッジョ作【洗礼者ヨハネ】は聖人だが、描かれているのは圧倒的な肉体美の若者、瑞々しい肌が暗いバックに映える。前髪で顔が隠れているが、紅顔の美青年であることは容易に想像できる。

【法悦のマグダラのマリア】は2014年にカラヴァッジョの真筆と実証された作品、もちろん本邦初公開、恍惚とした表情と長い髪が忘れがたい印象を与える。多くの人が熱心に見入っていた。

【手紙に封をする聖ヒロニムス】の作者グエルチーノの名は、ちょうど1年前の当館の展覧会で知った。

本章でもラ・トゥール作品を見ることができた。タイトルは【聖トマス】、所蔵は当館である。

 【長崎におけるフランシスコ会福者たちの殉教】は1597年の豊臣秀吉の命によるキリシタン26名の処刑を描いたもの、今は昔の長崎旅行が懐かしい。今年の大河ドラマとも重ねて見た。

 展示を締めくくるのは2点の【エッケ・ホモ】、カラヴァッジョが描くのは美男子のキリスト、目を閉じたうつむき加減の表情は現代人もノックアウトされそうなほど魅力にあふれている。容貌も肉体も若々しく美しいキリストに対して、額に深い皺が何本も刻まれ白い髭をたくわえた傍らのローマ総督ピラトの姿もまた、印象的だった

 チゴリの同タイトル作品は、かつてはカラヴァッジョ作品とのコンペに勝利したといわれていたが、今日では否定されているらしい。生きた人間がそこにいるが如く生々しいほど写実的なカラヴァッジョ作品に比べ、伝統的で優美な作風となっている。



f0148563_17055399.jpg≪感想≫

 現在の自分の中には不滅の地位を確立しているカラヴァッジョの作品を、予想以上にたくさん東京で見られた喜びは並々ではなく、感激は計り知れない。今回来日?した作品は良品揃いで、夢のカラヴァッジョ・ワールドを満喫できた。

 本展覧会では絵画作品とあわせて、カラヴァッジョの裁判記録なども出展されていて、波乱に満ちた狂気の生涯を直に感じることもできた。これらにより、多くの人間の心を打つカラヴァッジョの劇的な描写は、才能に加えて、権力者の寵愛と犯罪が交錯する彼の波乱の人生経験により培われたことを実感した。今後もこれらの作品は、時を超えて多くの人々を魅了し続けていくだろう。

 先述のとおり、自身がイタリアを訪問した時はまだカラヴァッジョ作品の魅力に開眼しておらず、彼の作品を直接鑑賞する貴重な機会を逃してしまった。その後、今回を含めた国内の展覧会で何点かを見ることはできたが、心惹かれている【ユディトとホロフェルネス】【アレクサンドリアの聖カタリナ】【ロレートの聖母】などは美術書でしか対面?を果たせていない。

 現在の生活が続く限り、特に魅了されている【聖マタイの召命】を含めたサン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂の壁画をこの目で見ることは叶わない。

 しかし、夢は持ち続けたい。父の存命中にカラヴァッジョ終焉の地で彼の遺体らしきものが確認されたというニュースに接した記憶がある。カラヴァッジョが最期の日々を過ごしたナポリを含めてイタリアのゆかりの地を訪れ、そこでしか見ることにできない作品と本日出展されていた作品との対面が実現する日がくることを、熱望してやまない。


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# by nene_rui-morana | 2016-11-01 09:01 | 展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

カラヴァッジョ展 ①

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          [副 題] 日伊国交樹立150周年記念

          [見学日] 2016年4月5日(火) 

          [会 場] 国立西洋美術館


現在の自分の中で大きな位置を占めている芸術家の中で、本名ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョはその名を知ってからの時間は長い方ではない。しかし近年はその遅れを取り戻すように急激に傾倒している。      

複数の作品が来日する表記展覧会は、イタリアに出向くのが不可能な現在の自分にとっては待望の企画であり、もちろん告知された時点で足を運ぶ決意をした。

しかし、体調不良で予定が2度流れた。当日も万全ではなかったが入手した招待券の有効期限も迫っていたので、やや無理をして会場に足を運んだ。



Ⅰ.風俗画:占い、酒場、音楽

 展示室に入ってまずは開催挨拶のメッセージに目を通す。

いきなり目に飛びこんできたのは、カラヴァッジョが20代半ばに制作された代表作【女占い師】、日本では豊臣秀吉政権末期にあたるこの時期、カラヴァッジョは依頼主であるフランチェスコ・デル・モンテ枢機卿のもとに寄寓していたといわれる。若いジプシーが占いをしながら見るからに裕福そうな男性の指輪を盗もうとする瞬間を描いたこの作品はかつて、旧イタリア・リラ紙幣のデザインに使用されていたという。作品全体から、若々しさと意欲があふれている、一方で、衣装の表現等には卓越した超絶さは見られないと私自身は感じた。なお、この作品の下に描かれていた「聖母と眠るイエス」のX線写真も併せて展示されていた。


 続いて、≪カラヴァジェスキ≫と呼ばれるカラヴァッジョの継承者の作品が展示されていた。自分はこの点に関しては、私淑により画風を継承してきた日本の琳派との共通点を感じた。

 【女占い師】(シモン・ヴーエ作)は、やはり若いジプシー女が下心ありそうな職人の手相を見ているが、職人の背後から明らかにジプシーとグルと分かる老婆がポケットに手を入れて「こいつは大馬鹿だよ。」といった表情でこちらを見つめている。

 【酒場の情景】(蝋燭の光の画家、ジャコモ・マッサ?作)の光の表現、リュート弾き(クロード・ヴィニョン作)の楽器や楽譜の表現に、注目させられた。



Ⅱ.風俗画:五感

 この章の展示は本日の目玉のカラヴァッジョ作品が目白押しだった。

【トカゲに噛まれる少年】、想像していたよりは小さく、後年に比べるとやや暗く軽いタッチの作品だった。モデルは作者本人と言われ、他にも同様の作品がある。制作時期にカラヴァッジョは自身の画業を模索していたように感じた。

 【ナルキッソス】も若き日の代表作である。

前章の【女占い師】も含めて、初期の作品は心を打つが、個人的には若き日のカラヴァッジョは果たして傑出した天才だったのかとも感じた。独学で画術を習得していったためか、工房で師匠の手ほどきを受けていた画家に比べると腕や膝の表情の洗練さがやや欠けているような印象を受けた。これらの作品だけを残して20代で早世していたら、果たしてカラヴァッジョは今日ほど名声を得ていたか、疑問が残る。本日は絵画作品と共にカラヴァッジョの裁判記録などの記録数点も出展されていたが、現代人の心を打つ劇的な人物表現は、多くの破天荒な言動によりもたらされた人生経験の結晶のように思える。



Ⅲ.静物

 【果物籠を持つ少年】の前には多くの人が集まっていた。モデルは前章の【トカゲに噛まれる少年】と似ているように感じた。この作品の、あえてモデルよりも鮮明に描かれた果物のみずみずしい表現は、文句なしに素晴らしい。徐々に天才の芽があらわれてきたように思う。

向かい合って展示されていた【バッカス】からも、見る人を惹きつけてやまないオーラが放たれている。やはり無花果や葡萄の表現が素晴らしい。非常に有名なカラヴァッジョの代表作だが、イタリアを訪問した時の自分はまだカラヴァッジョの素晴らしさを認知していなかったので、多分ウフィツィでは見逃してしまっている。



Ⅳ.肖像

 【マッフェオ・バルベリーニ】は初めて見るカラヴァッジョ25歳時の肖像作品、モデルは後の教皇ウルバヌス8世で当時28歳、≪公的な顔≫を描いていると自分は感じた。対して、少し離れた所には35年後の姿を描いた【教皇ウルバヌス8世の肖像】が展示されていたが、こちらはどこかインフォーマルな印象を受けた。両作品の間を何度か往復して見比べた。できればこの2作品は並べて展示してほしかった。

 【自画像】が展示されているジョバンニ・バリオーネはカラヴァッジョより少し年上、比較的良い家柄の出身で、長い生涯を通じて教皇や教会・有力貴族のために制作をした重要な画家だという。展示作品は1606年のイエス・キリスト騎士団入団を記念して描かれたと思われる。自尊心と競争心の強い人物で、カラヴァッジョを名誉棄損で訴えている。この『バリオーネ裁判記録(1603年9月13日)』も出展されていた。

続く【自画像】の作者は、やはりカラヴァッジョより2歳年上のアンティヴェドゥート・グラマティカとされているが、別論も多いという。いずれにしても、パレットを持っているから描かれている男性が画家であることは確かだろう。立派な髭をたくわえた黒髪の男性だが、イアリングをつけている。

 肖像画は当然、美化して描かれているのだろうが、それでも各人の個性を伝えていると感じた。



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# by nene_rui-morana | 2016-10-31 07:00 | 展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

10月30日

 東京も本日はかなり冷え込んでいます。
 本日は、父の76回目の誕生日です。
 墓参も考えていましたが、いろいろあり、本日は見送らせてもらいました。
 本ブログのスキンを変更し、天国の父に「生日快楽」のメッセージを贈りました。
 糖尿病による合併症で晩年は食事制限を余儀なくされていたので、本日の夕食には仏前に好物とケーキをそなえます。

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# by nene_rui-morana | 2016-10-30 12:27 | Comments(0)

ボッティチェリ展

[副 題] 日伊国交樹立150周年記念


[見学日] 2016年2月12日(金)


[会 場] 東京都美術館


 イタリア・ミレニアム旅行で訪れたウフッッツィ美術館で【ヴィーナスの誕生】と【春】を見てから、サンドロ・ボッティチェリは忘れることのできない芸術家となった。昨年、「Bunkamuraザ・ミュージアム」で開催された『ボッティチェリとルネサンス』に続き、彼の作品を東京で見られる機会に恵まれた喜びは計り知れない。



第1章 ボッティチェリの時代のフィレンツェ

 展示のはじめは、ボッティチェリ自身も登場する【ラーマ家の東方三博士の礼拝】、ボッティチェリの自画像としてよく取り上げられる作品で、注文主ガスパーレ・デル・ラーマやメディチ家三代も描き込まれている。想像していたよりは小さかった。

 この章は、杯、カメオ、メダルなどの展示が続いた。トスカーナ製の【聖杯】は、節部や台座に「受胎告知」や「ピエタ」が描かれているが、老眼なのでよく見えなかった。【「パッツィ家の陰謀」のメダル】は、以前見ているかもしれない。【ジローラモ・サヴォナローラのメダル】も出展、絶頂期には非常に大きな力を持っていたことがうかがえる。

 【竜と戦う大天使ミカエル】(アントニオ・デル・ボッライオーロ作)はルネサンスらしい大作、ボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチとの共通点が感じられた。

 【聖母子】は、レオナルド・ダ・ヴィンチの師、アンドレア・デル・ヴェロッキオとその工房の作である。彼の作品はこれ以外にも何点か出展されていた。



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# by nene_rui-morana | 2016-10-23 13:05 | 展覧会・美術展(西洋編) | Comments(0)

ポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダ監督の訃報が報じられました。享年90歳。


 業績、作品、あらためて述べるまでもない、20世紀映画界を代表する世界的名監督です。日本人からも絶大な支持を受けてきました。

 映画に興味を持ち始めてその名を知った10代前半の頃、まだビデオは高価で我が家には中古のテレビが一台しかなく、往年の名画を見ようとすれば気長にテレビ放映を待つかリバイバル上映する名画座に遠方でも足を運ぶしかありませんでした。幻に近かったワイダ監督の作品をやっと見られたのは、10代後半か20代に入ったばかりの頃でした。リアルタイムでテレビ放映を見たのか、ようやく買えた安いビデオで深夜放映を録画したのか、はっきりとは覚えていません。何本かは地元の図書館で借りて見たと思います。正直、当時の自分はワイダ作品の真価を認識するにはまだまだ幼く、素晴らしく感動したという記憶はありません。

しかし今日、初期の3部作を制作した時は20代から30代前半だったという事実を再確認し、驚きと尊敬の念をあらたにしています。

大の親日家で、日本の舞台の演出も手掛けられ、京都賞の賞金はご自身も愛された浮世絵など日本美術の博物館を故国に設立させるために投じられました。

 比較的最近、日本のテレビ番組でインタビューを受けた時、「カティンの森」事件の犠牲になった父上のこと、戻らぬ夫を生涯待ち続けた母上や故国の女性のこと、その他激動の人生を語られてきました。対独レジスタンス活動に身を投じていた大戦中、偶然目にした葛飾北斎の浮世絵に深い感銘を受け力づけられたというエピソードは、特に心に残りました。

 ウィリアム・ワイラー、ビリー・ワイルダー、フレッド・ジンネマン、エリア・カザン、ジョージ・キューカー、スタンリー・キューブリック、ロバート・ワイズ、ルネ・クレマン、等々、若き日に感銘を受けた幾多の名画の監督の多くが、既に天国の方となりました。今また、ワイダ監督も旅立たれました。

 時々テレビで報じられる姿は大変お元気で、ごく最近までメガホンをとっておられたということで、非常に残念ですが、最期まで映画道を貫きとおした大生涯だったと思います。

 手元にはワイダ作品を録画したDVDが何本かありますが、いつでも見られると思うとかえって見る機会を逃し、じっくりと鑑賞できないまま今日に至っています。追悼の意味で、早く見たいと思います。


 つつしんで、ご冥福をお祈りします。

ワイダ監督のご逝去には、12日の夕刊で接しましたが、残業その他で本稿をまとめるのに時間がかかり、アップが遅れました。


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# by nene_rui-morana | 2016-10-16 15:20 | 映画 | Comments(0)